ほおずき

著:マサムネ

 夜明け前。バスのロータリー前にはカラスがたむろする。フィルムを張りつけたような世界。遠くの方から朝一番の電車が走る。犬が害のない老婆と散歩する。東京の中心地よりやや左。やがて数時間後には、太陽が昇るだろう。

 主婦の麻子は買い物かごをぶらさげていた。特に不満もなければ、驚べきような悲劇もない。淡々とした日常だ。子供はまだいない。年齢より若干若く見えるが、三十七才だ。夫は実のところ別居しているが、それは単身赴任だからで、毎月きちんとした額のお金が振り込まれてくる。夫は元同じ会社の同僚で、今は栄転ということで、地方に飛ばされている。半年に一度、ないしは、2〜3ヶ月の割合で帰ってくる。単身赴任の時着いていく、という選択も考えられたが、愛情が冷えきっていたため離れて暮らすことにした。

 そんなこんなのまだ寒い2月の頭、時刻は夕闇が迫る頃。

 帰ってテレビをつけると、いつものバラエティーがやっていた。その日のニュースや、芸能人の動向を伝えるものだ。
「あたしも、いい男抱きたい。」、なんて考えていた。実のところ、ご無沙汰である。隠れファンを自称している男性グループ5人組は実際、手の届かないところにいるし、実際、生活していられるだけ、不満はないっか。

 適当な晩飯をぼそぼそ食って、買ってきた週刊誌に目を通して、ふとはしを止めた。
「なにかが、足らない。」 

 後日、FAX用の紙が足らないのに気付いた。通販の締めきりが今日までだ。慌ててスーパーに行く。店はごった返していて、主婦の熱気で満ち溢れている。
 「すいません。FAXの用紙あります?」
店員はまごついて、書道の紙をもってきた。
「違うわよ、FAX!急いでるのよ。」
「どうかしました?」
体躯のいいがっしりした顔のバランスのいい青年が話しかけてきた。
「ミズさん、これ書道の紙!少々お待ち下さいませ。」
明るさに胸のつかえが減った気がした。
「はいはい、これですね。」
「ええ。」
「ありがとうございした!」

 振り向くと、男は先程の店員となにらかの談笑をしていた。男はアルバイトなのだろう。いつものことですよ、という風情を醸し出していた。なんとなくその男が気になった麻子は、いつもその時間帯に店に行くようにした。いつもいるとは限らなかったが、遠くの方で陳列していたり、忙しそうに店の中を駆けずり回っていた。「名前は、なんていうのかしら?」近付いて、名札を見ようしたがだらしなくポケットの内側に入っていて、品物を入れる時わざとゆっくり入れるが、彼のことはさっぱり分からなかった。

 ある日家に帰る途中、麻子は急に喉が渇いて自販機に寄った。その自販機はスーパーの裏にあり、自宅を少し過ぎたあたりにある。すると中から人影が表れた。バイトが終わった人達だろう。少し遅れて例の男が出てきた。颯爽と歩き、後ろ姿はなにかバネが押しているかのように弾んでいた。ダウンジャケットを着た下は、妙に密着したブラックジーンズで、麻子はそのうしろ姿を、特に割れ目あたりをじっと見ていた。

 旦那からの連絡はなかった。女でも作っているのだろう。そもそも終わった関係だ。離婚に踏み出せないのは不利益が怖いから。このまま収入が途絶えたらどうなるか分からないし、職場結婚上、離婚するということは旦那にも不利益だから。お互いそっぽを向いている。一緒に暮らさない分、ましかもしれない。麻子も新しい彼氏欲しいが、なかなかいい出会いが巡ってこない。いい年こいてコンパにも行く気にもならないし、かと言って流行りのインターネットはリスクが大きいだろう。なにか、いい人いないかな。あたしを、知らない処に連れていってくれればいいのに。はぁ〜、まったく。いかんいかん、こんなんじゃおばさんになっちゃうぞ!お取り寄せしよっ!

 先日の通販のワンピースをフィットし、鏡の前でニッコリ微笑んでみた。
「なんだ。あたしまだいけるじゃない。」 
そう思っているのは本人だけだ。ベッドの中で、
「よし、あの男の子となかよくなろ。いけるわ、いけるよ。」
もっと自分に自信もっていいはずよ。麻子は思った。

 秋も深まり、夕刻になると街の電飾が目立つようになっていた。どこも忙しそうで、少々寂しい気持ちになってくる。「アンタが、悪いのよ。」お決まりのセリフがドラマから聞こえてきた。生活者の不在。それが都心部の特徴である。どんなに車が走ろうと、どんなにsaleに並ぼうと、心の空虚はなくならない。それどころか、虚脱は大きくなるばかりだ。「あ、いけない。豆腐買ってこなきゃ。」
 夕刻のスーパーに向かい、古本屋で立ち読みし帰ろうとしたところ、「あ、いっけない!電池が切れそうなんだっけ・・」電池コーナーにいくとどのサイズか分からない。最後に交換したのは、確か2〜3年前だ。食卓の脇にあるデジタル製のクロック。確か単三でよかったはずだけど、違ったらどうしよう。一応、店員に聞いてみる。

 「あの、すいません。」
振り向いた顔は、なかよくなりたいと思っていた青年だった。
「あの、すいません、時計のサイズ忘れちゃって。」
「はっ???」突拍子もない返しだった。
「あ、あの、すいません。時計の電池が切れて、どれにしたらいいのかと。」少し狼狽した感じで訴えると、
「あぁ、わかりました。」素っ気ない返事が返ってきた。

 だが、麻子にはどうでもよかった。「素っ気」なかろうが、笑顔だろうが、どうでもいい。これがほしい。わたしはこれが欲しいの!そういった算段だ。「あ、ありがとうございます。」その時、ちらっと彼の名札が見えた。
「ありがとう。あの、後藤さんっていうんですか?」
「はい、そうですよ。」
彼は業務上の顔でいった。なんて今日は素っ気ないんだろう。機嫌でも悪いのかしら。もう少し、会話を続けなきゃ。
「助かったわ〜。これ、探してたの!」
「そうですか。はぁ。」
「ず〜っと、ここで働いてるの?」
「いや、最近っす。」
「そうなの。変な主婦とかいない?声かけられたり。」
「そうっすねぇ、いないことはないけど、まぁ大体。」少し間が空いて、
「お客様は商品探してるだけですから。」

「でも、今こうやって案内してくれたじゃない。」
「はぁ。」
「すごく助かったのよ。サイズが分からなくて。」
「でも、もし違ってたら交換しに来て下さい。」
「きっと大丈夫よ。」「大丈夫。」
二度、繰り返した。時間の割りには空いていた。彼は手持ち無沙汰だった。

「夕食は、ここの持ち帰ったりするの?」
「いや、無理っすね。」
「彼女は?」
「いないっすよ。」
「じゃぁ、寂しいわねぇ〜。」
後藤はもごもご黙っている。こんなに話しかけられることはないんだろう。パートのおばちゃんからも
話しかけるが、誰々は筋肉がすごいとか、あのスポーツはすごいとかそんなことしか話さない。要は他愛もない会話だ。こいつはなにを言ってるんだ??

「夕飯の買い物はいいんですか?」
「いいの。いっつもね〜、ちゃっちゃっちゃっと作っちゃうから。」
「はぁ。」えへらえへら笑っていた。
彼はお腹が空いていたのだ。

「用が済んだらとっとと帰りやがれ。このくそばばァ!!」と、腹の内では思っていた。
売れ残った弁当をもらおうと思っていたが、今日は20時までだ。困った、晩飯がない。ラーメンか、牛丼でも食うか。

 なかなか立ち去らない。
「なにか、他にお探しのものがあったら。」
「そうねぇ、なにか食べたいものある?」
「はっ?」とした。おごってくれるのか。おごってくれるのか。だとしたら、申し訳ない。武士はくわねど高楊枝。つまようじ。二枚舌。
「いや、自分で食うから大丈夫っすよ。」
「そんなこと言わないで!」
「じゃぁ、あの辺に揚げ物があるので、」
「分かった。買ってきてあげる。」

向こうに行ったかと思うと、買った袋をレジから持ってきた。断れない気迫があった。
「はい、これ食べて!」
「あ、なんかすいません。」
「いいの、いいの。たっぷり食べて。お腹空いてるんでしょう?」
「そうですねぇ、8時ですしね。」
「本当なら、ご馳走してあげてもいい位よ。」
「ほんとっすか。」
麻子は、料理ができないのを棚に上げて、大ホラを吹いていた。
「今、旦那がいなくて少し寂しいの。」
「はぁ。」
「あなたみたいな若い子がいると、たくさん食べていいでしょ?下の名前はなんていうの。」
「浩繁。」
「ひろしげ。私は麻子。」
「あ、そうですか。ども。」
少し間を置いて、
「またおこし下さいませ。」
「また来るわ。ヒロシゲ君?」
「はい?」
「またね」

その日外は雨が降っていた。ヒロシゲは頂いた油ものをオーブンで温めて、冷凍してあったご飯と食べた。
「俺は、いつまでこんな暮らししてんのかな〜、」

専門学校を出たはいいが、就職先がなくブラブラしている。というよりも、専門学校もインチキで卒業したようなもんだ。最後の試験で答案に泣きつくと、単位がもらえるという伝説がある。ろくに学校に行ってなかったし、郷里の友達は結婚したという噂も聞く。音楽ビジネスについて学んだが、得た物はなく、仕事も探したが見つからず、今こうしている。なんとなく不本意だ。「なんで、今日あの人俺にくれたんだ?」ふと思った。当然だが、三十歳以上の人と付き合ったことがない。ベッドで寝たのも、快楽を共にしたこともない。なんとなく、こわいのだ。外れだったら。将来的に出会う女がこんなんになると思うと、そもそも知らない方がましだ。専門学校の頃はよく女にもてた。誰かれ構わず、足を開いた。向こうもその気があったんだろう。今は特段の相手はいないが、そろそろかなと思っていた。

「ぅお〜い。」
近所に住む友達がやって来た。どやどやと上がりこんでくる。
「いや〜、まいっちまうよ。」
「どうしたの?」
「大家に怒られた。」
「なんで?」
「音楽ガンガンに鳴らしてたら。」
「そりゃ怒るだろうよ。」
ヒロシゲは笑った。
「最近なに聴いてんの?」
「なんも聴いてないよ。」
「ふ〜ん。これ、今日の夕飯?」
「そう、なんかもらったんだ。」
「誰から?」
「知らない人から。」
「知らない人からって、お前・・」
「女の人。」
「誰?」
「結構年いった人。」
「年上?」
「まぁね。」
彼はレコードに針を落とした。ずっとかけてあるブッカー&MG'sだ。
「これ、いいね。」
「Green Onionだよ。」
「オニオン、たまねぎ食ってんじゃん。」
「うん。もらったのに入ってた。」
「へぇー。」

健一というその友人は、知り合いの知り合いでたまたま近所に住んでいた。今は服飾の卸しをやっている。詳しいことは知らない。会った時にベルベットのTシャツを着て音楽好きなのか聞いたところ、好きということで意外と好感が持てた。
「そっちの恋愛状況はどうなの?いいのいた?」
浩繁は聞いた。
「う〜ん、まあまあだね。」
ビールをちびりとやる。「それにしてもさ〜」
「なんだよ。」
「こんなにおっぱいが多いのにさ〜、どうして僕たちの所には降ってこないのかね〜 。」
「知るかよ。」
「そろそろ帰るか。んじゃ、またな!」
 部屋を片付けて浩繁は寝る準備をした。レコードが雑然と並べられた横に、裏に返した写真のフレームがあった。中には別れた彼女が写っていた。捨てられなかったわけではないが、まぁ取っとくかという感じである。そっぽ向きやがって。浩繁は思った。

 谷間の間では川が途切れることなく、サラサラ流れていた。

 スポーツジムに麻子はいた。インストラクターに合わせて軽く汗を流すのが日常だ。いつも来ている主婦と口をきくこともなく、簡単なエクササイズをこなし、サウナに入った。体のたるみが気になる。自分を、磨かなくっちゃ。いい男も寄ってこないぞ。なんの目的でここにいるか分からない。みんな、ヘルシーということで来ているのだろう。健康的だし。カルシウムの入った乳酸系スポーツ飲料を飲み干し、ラックに入った新聞を手に取った。テレビ覧に目を通す。「はぁ〜、おもしろいのやってない。」
 多少の運動をして心の軽くなった麻子は、「いつもありがとう。」と受付けの兄貴に微笑んだ。そいつはゲイだ。

 陳腐なうさぎが草をはんでいた。東京郊外の校庭。雑に作られた鶏舎に入れられていた。休み時間になると子供がウワ〜ッと寄ってくる。「ウサちゃん、ウサちゃん。」と話しかけている。女の子が多いようだ。男の子はその周りを対象と距離を持つように見、現状を把握したら立ち去った。

 「お母さ〜ん。」
 子供が泣いていた。母親は子供を受け入れ自分の腹のそばに寄せた。麻子がすれ違った。なにも考えてない。思考というものが苦手なのだ。面倒くさいから。これまで、特に嫌なこともなかったし、ま、いっか〜、という感じである。ビデオショップに寄ったが、めぼしいものがなく自販機でジュースを買って近くのベンチで飲む。今度は子供が歩いていた。2〜3才ぐらいだろうか。母親は2〜3人で談笑している。ケッと思った。

 その日は天気が良く、子供が路上で遊びを興じている。男の子には悪気をもたない。「おおばちゃん、とって!」ボールが転がってきた。ちょっとむっとして返した。

 昼ご飯食べ、スーパーの裏から帰路についていると、例の浩繁がいた。
「どうしたの?」
「仕事が終わったんだ。」
いくぶん、嬉しそうだ。
「普段、なにしてるの?」
「いや、たいしたことないすよ。」
「そんな。」
「じゃ、俺飯食うんで。」
動きだそうとした浩繁を止め、
「よかったら、うちで食べない?」
ちょっと迷ったが、「あ、うちに景品で当てたラーメンあるんだ。」
「来る?」
彼は笑った。
「いいのかしら。」心の中でざわめく。
「あなたが作るの?」
「そうだよ。」
「じゃ、いただこうかしら。」

 浩繁の家はスーパーから歩いて8〜9分ぐらいのところにあった。木造アパートの2階建てだ。
「へ〜、案外広いのね。」
「なにも、置いてないから。」
部屋は壁に並んだレコード、レコードプレイヤ、壁にはパンクバンドのポスターが貼ってあった。小さな冷蔵庫があり、ガスコンロは1つあった。きちんと流しもついている。
「ま、座ってよ。」
「よいしょ。」
「よいしょ、って言ったな。」
麻子は部屋の隅を見渡した。自分の知らない変なフィギュアやレコードのジャケット、ヘアケアをするジェルやなんかが置いてあった。
「一人暮らし長いの?」
「まぁね。」
浩繁はラーメンを空けながら言った。
「作ってあげよっか?」
「いいよ。」

ラーメンはグツグツ煮えていた。
「この人、本当に作る気なんだわ。」
適当にホウレン草を切り、ゆで卵を添え、湯上がった麺にスープを入れた。メンマも。
「はい、できあがり。」
見た目はなかなかうまそうだった。
「おいし〜ぃ。」
麻子が言った。
「はは。」
素っ気ない返事だ。黙々と、ズズッと食べた。お互いの性器を食べるように。
「よく友達とか来るの?」
「そんなことないっすよ。」
「ここお風呂は?」
「あぁ、離れにシャワー。」

 満腹になった麻子は
「あぁ〜おいしかった。」
と言った。
「誰かに作ってもらうのもいいものね。いつも、自分一人のだから。」
「なんで旦那さんとは別れたの?」
「別れてないの!ただ愛情が冷めちゃったの。今は別居だし。」
「離婚すんの?」
「わからない。」
「わからない、っか。」
 浩繁は空いた丼を下げるために立ち上がった。
「いいよ。私やる。」
と言いながら、浩繁のでん部を見ていた。
いやだわ、わたし、なんていやらしいのかしら。

 台所のそばに寄り、わざと近寄って横に立った。意外と体格がよかった。がっしりしていた。
「手伝ってあげよぅか?」
「じゃぁ」
浩繁は食後のなにかを入れていた。コーヒーだ。アイスコーヒー。
「スーパーで働くなら安心ね。食べ物がいっぱいあって。」
「とりあえずね。」浩繁はにべもなく笑った。
「コーヒー飲んで。」
「ふぅ。」
沈黙が訪れた。

「私、あなたのことなんも知らない。」
「な、な、なんだよ、急に。」
「こないだ名前は聞いたけど・・・。年は?」
「25。こないだ25になった。」
「そうなの。かわいいね。」
「いや、ひげもじゃだけど。」
「そんなことないよ〜。」

満足げに、麻子はコーヒーをすすった。
「なにかレコードかけて?」
聴いたことないビートが飛び込んできた。
「これなに?」
「アラブの音楽。」
「へぇ〜。」
「ふふ。」
聴き慣れないビートに浩繁は乗っていた。麻子も知らず知らずのうちに乗ってみる。
「なんか不思議な感じ。楽しくなってきちゃう。」
そのレコードは友人が置きっぱなしにしてったやつだ。特段の思い入れはない。
「アハハ アハハ。こういうのはよく聴くの?」
「まぁね。」
「へー、すごいなー、レコード。うちにはないや。」
「なにがあるの?」
「なにもない。」
「なにもない?なにてないってことはね〜だろ?」
「ないのよ。」
「なんかあるだろ?冷蔵庫とか。」
「それならある。」
「あはは。」

 二人はまどろんでいた。どうしたいのだろう。わからない。
「今度、うちにきて?」
「いや、いい。」
「どうして?」
「ここがいい。」
「そうなの。」
「眠くなってきちゃった。
しらじらしく麻子は頭を浩繁にもたげた。
「あはは。」
まんざらでもない様子だ。
若い男に触れ合えるのは久々だ。このままキスしてくれたらいいのに。浩繁はそのままでいる。
「欲しくなってきちゃった。」
麻子は言った。
「え?」
「さぁ。」
麻子は手短にシャツを脱がした。太くて、いい肉体だった。遠慮はしないで、って風情を醸し出した。浩繁はなすがままである。そのまま生で果てた。
「大丈夫。ピル飲んでるから。気持ちよかった〜。」
浩繁は黙って手を頭の後ろで組んで天井を向いている。
「ヒ〜ロくん。」
「なぁ〜に?」
始まっちゃった、始まっちゃったわね、私たち。始まっちゃった。女はそう思った。今度は浩繁が求めてきた。
「しょうがないわねぇ。」
若い肉体に満足した。
「ヒロくん、また来ていい?」
「いいよ。別に。」

 そこから、逢瀬が始まった。浩繁からは頻繁に電話がかかってくる。麻子はそそくさと出かけていった。いつも違う日常にわくわくしていたのだ。何度も肉棒を受け入れ、欲望のなすままに、若い肉体に満足した。
「いつまで、こうしていられるのかしら?」
 麻子は怖く、それはとてもとても聞けなかった。

 ある日、情事が終わった後、
「一人暮らしだけど、故郷は?」
「青森。」
「どうして出てきたの?」
「専門。」
「卒業した?」
「した。」
麻子は自分の髪を指で絡め弄んでいる。
「アルバイトして暮らしてるの?」
「そうだ。」
「いつまでこうしてるの?」
「わからない。」
「どこにも行かないでね?」
「さぁ、それは。」

火にかけたやかんが熱くなり、音をもらしていた。
「もう一度。」
麻子は欲した。何回も、何回も欲した。浩繁は、女に久しぶり触れるので欲情した。そのまま、生で果てるのを許してくれた。
「もう離れたくない。」
麻子は言った。
「いつでも来ればいいじゃん。」
「だっていつもはいないでしょ?」麻子は笑った。
「そんな暇じゃないからね。・・・旦那への罪悪感はないの?」
「そんなのないわよ。今はヒロくんといられるのが幸せ。」
「ふ〜ん。」
火を止めたやかんは冷えきっていた。

 浩繁は駅のホームに出かけていた。地元が姉がこっちにくる。話しをしようということだった。短大にこっちに出ていてが、もう地元に帰って近所の土建屋で働いてる。姉と会うのは2〜3年ぶりだ。どうせまた、ままごとか説教だろう。隣の駅で待ち合わせると一緒に歩いた。姉は久々に来た東京に上気していた。
「元気に暮らしてるの?」
「まあね。変わりない?」
「ないわよ。お父さんもお母さんも心配してる。」
「だって、言われてもなぁ・・・」
「仕事だってこっちに来ればあるんだから。ほら、近所のおじさんの」
「あ、工務店?」
「うん。いつでもいらっしゃいよ。」
「わかった。いつまでこっちにいんの?」
「連休の最後までいるわよ。明後日の日曜日。友達と会うんだ。」
「ふ〜ん。そっちで結婚しないの?」
「まだね。」
頬をふくらませていた。

 姉と別れ、本屋に入った。見たいものがあるわけではなかった。なんとなくだ。よくよむアニメの最新刊を発見し、買った。実際、浩繁に生活にお金はかかっていない。かけようと思えばかけられるが、その気がないのだ。今はブラブラ暮らしている。特に欲しい情報もなければ、急を迫られる用事もないのだ。目的。その目的自身ないのだ。今のスーパーも家から近い、ということで決めたようなものだ。昔は陸上部で走っていたが、今は走る目的がない。上京したのも、東京になにかあるかもしれなかったが、なにもなかった。適当な友人と遊び、欲しがる女を相手にした。世の中がどうなってるか分からない。考える必要もない。いざとなれば地元に帰ればいいのだから。豪奢な暮らしをしているのである。時間、空間。全てが程々にある。そのエアポケットに麻子が入ってきたのだ。今日も暇だから、連絡してみようっと。

 麻子はすぐ来た。
「今日なにしてたの?」
「スポーツジム行って、スーパーで買い出し。」
「へぇー。」
「なにか食べたいものある?」
「ないよ。」
「あたしのおっぱいがおいしい?」
「何言ってんの。」
「見て。」
麻子はあからさまにスカートをめくり出した。
「新しい下着買ったの。」
ガーターに、黒い編み模様なストッキングが密着していた。
「セクシーでしょ?」
浩繁は湧いた湯を見に行った。
「ここって家賃いくらなの?」
「3万2千円。全然賄えるよ。」
「私以外に、女の人来たりしないの?」
「しないよ?」
「ほんと?」
「あぁ。」
ちょっと安心した顔をした。浩繁は知る由もない。
「何発も中で出してるけど、大丈夫なの?」
「大丈夫。」
「生理痛って、最中は嫌なの?」
「痛いわよ〜。痛いからピル飲んでるの。」
浩繁は臆病な顔つきにわざとしてみた。そんな様子に麻子は満足していた。彼を支配できる、感覚でそう思っていた。よそに行こうとしても、私が叱るわよ。だってヒロくん、かわいいもの。
「こないだ姉きが来たんだ。」
「そう。料理作ってもらった?」
「いや。なんか友達に会いに来たって。」
「いいね〜。」
麻子は急に抱き着いた。「このパンツかわいい?」耳もとで囁いた。浩繁は受け入れた。何発でもやれる。特に感情はなかった。肉体的快楽だ。麻子は喘ぎに喘いだ。まるでその姿は、絶食していた馬が急激に餌を与えられ、水浴びをした後、太陽に光っているようだった。中で誘った。「全て、全て出して欲しいの。」麻子は何度も欲した。若い体がこんなにいいなんて。最高。無意識のうち、在する意識はあちらの方へ行こうとしていた。ズンズン突き上がる。麻子は我を忘れる。浩繁は強引にレイプするようにした。麻子は受け入れる。
「あぁ、おかしくなっちゃう。」
その姿を見て、浩繁は満足気だった。征服した。お互いがお互いの欲望を満たしあった。何回も、それを繰り返した。

 旦那が帰ってきた。2ヶ月ぶりだ。
「あら、今回は早かったのね。」
「こっちの支店に呼ばれたんだ。」
「転勤?」
「いや、違う。」
麻子の目を見ようともしなかった。そもそも情慾で結婚したものだ。相手のことは分かっていなかった。体で繋がれば、それでいいと思っていた。それが恋愛と勘違いしていた。麻子が30を手前にした頃、急激に冷めていった。旦那の道重は39才だった。趣味は特になく、学生時代の仲間と飲みいくようなものだ。麻子もどちらかといえばそういった地味なタイプで、自分の世界を広げようとしないタイプだ。お互い、似た者同士だ。功を奏すのか、別だが。夫はソファに座り新聞を広げた。「はい、お茶。」麻子が持っていった。
「なぁ、お前はこの状態でいいのか?」
「構わないわよ。」
「一人暮らしに不満はないのか?」
「ちゃんと生活費送られてくるし。」
「無駄使いしてないだろうな?」
「そんな高いもの買わないし。」
「そうだ、同期の松田に3人目が産まれたらしい。」
「ずいぶん、頑張るわね。」
「はは。まぁ、そう言うな。お前は、欲しくないか?」
「なにが?」
「子供だよ、子供。」
「だって、この状態で作っても、しょうがないでしょ?」
道重は黙った。心なしか、麻子の色艶がよく見えた。

 本妻でも抱いとくか、欲望に任せ、妻を抱いた。
「いや。」
昼間浩繁に抱かれた興奮を覚えながら、久々に旦那の感触を確かめた。
「いつも、こうして抱かれてたっけ。」
でも、それは遠い記憶だ。急に悲しくなってきた。
「おい、なんで泣いてるんだ。」
「なんでもない。」
「嫌なのか?やめるか?」
「違う。」
そのまま道重は続けた。心なしか、妻は敏感になっていた。麻子は浩繁のことを思い出していた。でも、今は違う人にやられている。快楽は止まらない。「もっと、もっと。」と欲した。旦那も中に果てた。随分若々しくなっている気がした。「たまには、妻とやるもんも悪くないかな。」麻子は隣に横になって寝ていた。次ぎの朝、道重は出張で出かけていった。もう帰ってこない。彼女は二人の間で揺れていた。浩繁、どれもいい。旦那は、経済的安定をくれる。もっと浩繁くんに、会いたい。会いたい。

 彼女はスーパーに行くと浩繁は見かけない店員と談笑していた。後ろ姿だが、髪は下ろして若々しく、ハーフパンツからは無駄に肉のない足が伸びていた。気付かれないように、買い物を済ました。次ぎの朝、浩繁から電話がかかってきた。

「はい、もしもし。」
「今日暇だから、来なよ。」
ちょっといじわるをしようと思った。
「今日ねぇ、まだちょっと分からないのよ。」
「なんだよ、誰かと会うの?」
かわいい、と思い、
「ううん、すぐいける。」
「じゃ、待ってる。」

浩繁は部屋を掃除していた。手伝ってあげようと思い、棚に手を伸ばした。
「誰、これ?」
「それ、妹。」
別れた彼女のだった。細くて背が高く、美人だった。
「妹いたの。」
「いるよ。」
「彼女とかじゃ、な〜い?」
浩繁は一瞬、ギクッとしたが、なにも引け目に感じることはない。
「ミチルっていうんだ。」
「ほんとに?」
「ほんとだって。」
ぶんだくって返した。
「ちょっとそこに待ってて。」
ゴミを出しに行った。

 ふと、麻子は、昨日の店員を思い出した。あの時の浩繁は楽しそうだった。私にはない、親密さだった。浩繁のことが確かめたくなった。
「ねぇ。昨日、お店で喋ってたでしょ?」
「誰と?」
「同じ店員の人。」
「あぁ、祐子さんか〜。こないだ入ってきたんだ。」
「親しいの?」
「まぁまぁね。」
「あら、そう。」
「なんか、バイトすんのも始めてなんだって。」
「大学生?」
「違う、短大生。」
ここで浅ましく聞いてはならないと思ったのか、麻子は話題を変えた。
「私にも、学生時代、あったのよ〜。」
「へへ。そうですか。」
わざと浩繁は敬語になった。
「好きな先輩がいてね、」
「はい。」
「みんなで手紙出したんだけど、すっごい美人な同級生と付き合っちゃった!なんであたしに振り向いてくれないの〜って。」
「へへ。」
馬鹿な話題だな〜と思った。
「好きな体育の先生がいてね。とっても爽やかだったの!」
「何部?」
「ソフトボール部。」
「俺、陸上してた。」
「じゃ、走るの早いんだ。」
「まぁね。ソフトボールか〜。」
「そうよ。その短大の子に、彼氏いるの?」
「分からない。なんか、ステンドグラスやってんだって。」
「まぁ。」
なにもわからないという表情を晒した。この女はいつもそうだ。なにもわからないような顔をしている。分かる気もないのだろう。自分の届かない内部の外は、翻って関係ない。そういう女だ。自分中心で、自分が満足できればいいのだ。
「だめよ、その子と遊んじゃ。」
「なんで?」
「だ〜め、」
浩繁は無視した。誰が駄目とか言おうが関係ない。そもそも俺とこの人の関係は、紙切れ1枚の厚さもない。いつ切ってもおかしくないし、肉体的繋がりが、双方結ぶ幸福なルールとなっている。
「ねぇ、ヒロく〜ん。」
わざと甘えた声を出した。
「私が旦那のとこに帰ったらどうする?」
「どぅって、、。」
「本当は、嫌なんでしょ?嫌なんでしょ?」
「もう」、と言い、浩繁に体を密着させた。穴があれば、入れる。それが男だ。浩繁はズンズン、突いた。麻子は何度も果てた。何度も何度も。浩繁は麻子の体の扱いを慣れていた。どこをどうすればよいか、どこの反応が一番敏感か、知り抜いていた。それが、麻子が浩繁を抜けられない理由だった。浩繁は入れられるだけ、入れた。麻子は反応した。妖気がかの女を包み、男はそのオーラに向けて突っこんだ。二人は、無我夢中だった。
「ヒロくん、トイレ。」
トイレで排尿をした。

 麻子の様子が変わったのは、それからだった。生理がなかなかこない。不安になった麻子は、産婦人科に行った。
「ご懐妊です。」
医師にそう告げられた。麻子は動揺した。
「何ヶ月でしょうか?」
「およそ、3ヶ月程になります。」
「・・・そうですか。」
避妊具は、一切つけていなかった。生理が近くなるとピルを服用していたので、大丈夫だと思っていた。気もそぞろにうちに帰った。
「どうしよう。」
旦那が帰ってきた時期をカレンダーでなぞった。ちょうど2〜3ヶ月前。指で数え、つじつまが合う。浩繁の子だったら、・・。その時電話が鳴った。
「うち来いよ。」
「今日はだめ。」
黙って受話器を置いた。麻子の目は充血していた。焦りからだ。体内には新しい生命が宿っている。悔恨の念が重く、重圧になった。麻子は、涙をこぼした。長いこと、そのまま動かなかった。

 「子供が、できたの。」
受話器を取ったのは、夫の道重だった。
「本当か?」
「ええ。」
「じゃ、今週末すぐ帰る。」
「待ってるわ。」
麻子は期待を胸に待っていた。道重の子供ということにしてしまえ、思った。血液型判定で、二人のかけ合わせでないことがわかった。ということは、必然的に浩繁の子にある。夫にばれないように、騙すしかない。

 夫が帰宅した。
「妊娠だって?」
嬉しさからか、少し勢いづいていた。麻子は黙ってうなずいた。関係が冷えきっていたからといって、新しく出来た生命に否を唱えることもない。
「何ヶ月?」
「3ヶ月だって。」
「じゃぁ、前の一発?」
「そうね。」
「産むだろ?」
「そのつもり。」
「それがいい。」
道重は上機嫌だった。これで、二人の関係が修復出来ると思ったのだ。それに、あと2年も待たずに、東京に帰る話しになっていた。二人は同じソファーに座り、同じ方向を見つめていた。冷えきった関係は、子供がいなかったからかもしれない。麻子は、近くの産婦人科の名前を告げた。
「そうか・・・長年、子供できなかったもんな。」長い間を、水に流そうとした。
「名前はなんてつける?男の子か?女の子か?」
「まだわからないの。」
道重は忙しそうに部屋を歩き回った。幸せの、前兆に見えた。

 その幸せは、もろくも崩れ去った。
「子供は何型ですか?」
仕事に戻る前に、道重は産婦人科に聞いた。
「B型です。」
一瞬顔が凍った。
「待って下さい。Bというのはありえない。わたしはABで、家内はOですよ!?別の子を孕んだんですか?」
「そう出てます。」
「そんな!」
道重は絶句した。医者はなにも言わなかった。

 背広をたなびかせ、道重は息を布背、家路を急いだ。「ぜぃ、ぜぃ。」
ガチャッとドアを開いた。麻子はキョトンとした顔をしていた。いつも通り、なにも考えていない顔。
「おい!!どういうことだ?これは、どういうことだ・・・」
「なにが。」
「子供の血液型が違うって。」
「知らないわよ、そんなの。」
「違うって。お前、浮気相手でもいたのか?」
「あなただって、いたでしょ!ず〜っと、ず〜っと。」
「・・・ふざけるな。全部話せ。話せ!どういうことだ!全部、話せ!ウワ〜!」

 麻子のかばんがあった。道重は逆さにして中身を出した。化粧品や鏡、他愛もないものが出てきた。ガタガタッ!その中で、もっとも大きい財布を目にした。自分の経験上、この中になにかある。証拠が残るのだ。テーブルにぶん投げ、腰を下ろし、中のものを全部出した。

「なんだ、これは?」
それは、買い物の領収書の裏に文字が書いてあった。道重は目を疑った。
「麻子さん 愛してるー」「今日は最高だった」「気持ちよかった」「好ーきー」しかも大きな文字で、日付けも入っていた。道重は肩を震わせた。今まで味わったことない屈辱だった。
「誰だ・・・。なんだ、これは。」
麻子ははっと思い出した。浩繁と一緒にいた時、酒に酔って書いたものだ。

「ヒロく〜ん、書いて。」
「えへへ。こう?」
「そう、もって。愛してる、も。」
「げへへ。」
ベロベロになって浩繁は書き連ねた。乳房をもみながら
「麻子さん愛してる〜」
「ウフ〜」
そんな記憶が蘇った。それはその時書かれた。

「・・・違うの!これは!・・・」
「なにが違うんだ!ここに書いてあるじゃないか!」
道重は激高した。
「お前とは、離婚だ!」書いてあった紙を投げ捨て財布も投げつけ、家を出た。
「はあぁ、ヒロくん・・・」
自分での判断は不可能になっていた。

 浩繁は若い女とデートしていた。例のアルバイトの女だ。彼女は正実といって、19才で若かった。肌が透き通り、明るく一緒にいるのに最適な女だ。
「今日ね、学校でね、友達がお昼の時間に味噌汁お盆の上にこぼしちゃって、」
「うん。それで?」
にこやかに浩繁は聞いた。
「そ〜なんだ。」
正実も嬉しそうだった。「この子と仲良くなりたい。」と思っていた。
「友達に彼氏ができて寂しいの。いい人いないかな〜。」
「そうか。じゃ、繋いじゃおうかな〜。」
麻子と性欲に満たされた浩繁は乗りに乗っていた。正実と手を繋いで歩いた。道路を挟んで麻子がいた。二人は気付かなかった。麻子は気はそぞろ、食料品を持っている。青白い顔。
キャハハッ、と笑い声の向こうに目をやる。浩繁が知らない女性と歩いていた。持っていた食料品袋を落とした。りんごが転がる。車に轢かれてグシャッ。パニックだった。どうしていいかわからない。ヒロくん、ヒロくん。ぼう然自失となり、浩繁を見ていた。
 
 結局その晩、浩繁は正実と寝た。かわいい反応だった。ぴったりと体を寄せ、
「あのね、あのね、」、と話しをした。そのまま眠った。

 次ぎの日浩繁は遅番だったから、正実が登校したあと、「あの子もいいな〜。」なんて思っていた。腹が減っていたので、パスタをレンジに入れる。チャイムが鳴った。誰だ?戸を開けると、麻子だった。
「あのね、子供ができたの。」
「え?・・誰の?」
「あなたと私の。」
「入れよ。」

 麻子は当然、という雰囲気でそこに座った。突然泣き出した。
「子供ができるなんて、知らなかった。」
「だって、」
浩繁は口ごもった。
「ピルも飲んでたし・・・ずっと飲んでたんじゃないの?」
「ううん、生理の前だけ。」
「それじゃ!っ・・・」
「ヒロくんのが欲しかったの。」
「旦那は?」
「言った。・・・もうだめ、彼の子じゃないって分かった。」
「どうすんの?」
「そんな、どうすんの、って。私、最後の子だし、産みたい。」
「無理だよ。俺、経済力ないし。」
「旦那も出てっちゃった。」
「そんなのわかってるよ。」
「ヒロくん、ヒロく〜ん、ウワ〜ン!」
「こりゃ、参ったな〜。」
「堕ろす、って手もあるんじゃないの?」
「嫌よ!産みたい!私の子!」
「そ、そう言われても・・・。」
ひとしきり泣いていた。
「どうしよ。どうしよ〜。」
浩繁は煙草をくわえ、ガスコンロで火をつけた。これがいい、というアイディアは浮かんでこなかった。あぐらをかいて下を向きボリボリやり、再び煙草をくわえた。
「どうしたいの?」
「わからない。」
「・・・そんなの知ってるよ。産みたいの?でも、育てられないよ?」
「・・・ゥウ。ゥウ。」
「はぁ〜。」

 麻子から連絡はなかった。3日過ぎた当たり、浩繁は電話をかけた。
「はい。」
「今来て。話したいことがある。」
麻子がのそのそと、やってきた。
「俺、決めたことがある。地元に帰る。」
「えっ地元って・・・。」
「青森。」
「なんで?」
「なんか、もう嫌になったんだよ。色々。」
「嫌になって。色々って・・・。」
「色々だよ。向こうで仕事先もあるんだ。もう決まった。」
「そんな。」
「ずっと前から考えてたんだ、実は。」
「じゃぁ、私のお腹の子供はどうなるの!?」
「知らないよ。そっちが大丈夫だって言うから中出ししてたんだから。」
「ひどい。」
「散々感じてたでしょ?」
「・・・」
麻子は侮蔑で泣き出した。誰も味方してくれない。どうして?どうしてなの?あんなに親しくしてくれた浩繁も冷たくなり、旦那も去った。私には、なにが残されてるの?
「もういい。もういい。」
麻子は立ち上がった。
「あなたにはもう会わない。」
「最初に会いたがったのそっちだろ〜?」
言うこともなく麻子は立ち去った。浩繁は正実とうまいことやった。

 季節は梅雨に入っていた。道重からは離婚調停の申し入れが進められ、社内の友達から電話がかかっきた。
「大丈夫?」
どれも興味本意の電話だった。お腹の子供は少しずつ大きくなってるのが感じる。再び、浩繁が若い女の子と歩いているのを見た。なにも考えるのが、不可能になっていた。「うそつ〜き。うそつ〜き。」オウムのように、メロディを頭の中で繰り返した。全てが燃え尽きたような灰だった。生活観は白く、梁も建物も全て白く見える。電信柱も、空き缶のジュースも、目の前に占める容積も、。強制的に弁護士を頼まれたが、そこからも無視していた。麻子の時間はなくなっていた。消された女だ。たまに虫酸が走るように暴れ、叫び回った。
「こんちきしょう!こんちきしょう!」
次ぎの瞬間、ぬいぐるみを抱いて泣いていた。そして笑った。
「私の、新しい生命。新しい生命。」「えへぇ〜。」
壊れた。麻子は壊れたのだ。

 地方の、旦那はむしゃぶるように若い生命体をむしゃぶり(援交というやつだ)、浩繁は帰る準備をしていたが、正実に咎められた。どいつも麻子のことを忘れていた。陽気な日には麻子は街を歩き、上機嫌に散歩した。お腹の子は大きくなっていた。半袖の子供達が通りすがり、コギャルの衣装は派手になっていった。もうすぐ夏だ。近所でほおずき市がやっていた。麻子は一つ買った。その中は柔らかで新鮮な玉が入っていた。外の皮は数日で干からびた。中には新たな生命体が入っていた。麻子は外見を剥き、中を見た。よだれを垂らした。麻子は終わってしまったのだ。「私と一緒。私と一緒。」何回もつぶやいた。西日が指していた。空は開け、黄金色に輝いていた。麻子は新しい生命を抱え、崩れた。











































この作品への感想は、マサムネ氏まで、メールでお願いします。


戻る