あいつ〜三浦荘管理人日記
あらすじ
わたいは下宿・三浦荘の管理人。隣の青年・角南大介クンの学生仲間に、女の子のような容姿の柳生林太郎クンが入ってきた。でもサッカーの天才みたい。どうやら角南クンと林太郎クンの仲が怪しいわ。わたいは彼らの愛の軌跡を目撃することになった・・・
三浦荘管理人日記
わたいは湘南三浦海岸にある下宿、三浦荘の管理人。夫とクロサビ猫のルカと一緒に、親の残した跡地に建てたこの下宿屋の母屋に住んでいる。一人息子はとうに成人し、今は東京で一人暮らしだ。夫は仕事の虫で夜勤も多い。夫の夜勤の夜は何をしてるかって・・・?ふふ。
部屋を借りている人は若い人が多いの。・・・でも変な想像はしないでよ。わたいは彼らの生き生きとした様子を見たり、おしゃべりを聞くのが大好きなのさ。特に学生さんのね。
下宿の棟はうちの母屋と一体になっている。わたい達が住む一階の上に一部屋あって、その東側の壁がうちの二階とくっついている。つまりその一室だけはうちの天井と二階の壁で繋がっていのだ。
そこに間借りしているのは東京の大学に通う好青年、角南大介クン。背が高くがっしりしていて、ちょっと古風な武士みたいな顔をしている。将来小説家を目指しているという。
無口だけど礼儀正しく、この間、我が屋の雨漏りを直してくれた。
彼の仲間が時々来て夜中騒ぐ。うちの旦那が居る時は静かにしてくれと言ってあるので、特に旦那の夜勤の日に来るようになった。
夜中中、彼らの若く張りのある話し声や笑い声が聞こえる。それがいつしかわたいの子守歌になった。
十一月七日 土曜
今日も騒ぎますのでご免なさいと角南クンが言ってきた。そこでわたいは皆が集まった頃、差し入れを持って行った。芋の煮っ転がしを大鍋に入れてね。みんな今は手作りのものをあまり食べられないようで、その喜びようったらありゃしない。
わたいはその時新しい子が居たのに気が付いた。
「・・・あら、あなた、初めて見るわ。こんな武者(むさ)い連中の中にめずらしいわ。紅一点ね」
その子は真っ赤になった。みんなにやにやしている。
「お姉さん(わたいはこう呼ばれないと返事をしない)、こいつ男だよ」
その子がもじもじして言った。
「・・・柳生林太郎と言います。まだ一年です」
「へえーっ!ご免!あんまり可愛いから女の子だと思った!髪も長いし」
林太郎クンは角南クンをちらと見た。何か妖艶な仕草だった。
「・・・昔から女の子に間違えられてました。でも結構すばしこくって喧嘩強いんですよ」
やっちゃんと愛称で呼ばれているHクンが言った。
「おば・・・いや、お姉さん!『りん』はこれでもサッカーの天才なんだ。今からJリーグの引き合いが来てるんだぜ!」
ふうん・・・『りん』なんて呼ばれているんだ!カワイイ!
「でも、みんな三年生でしょ。なんで一年生のりんクンがここにいるの」
みんな顔を見合わせた。
汗っかきのNクンが汗を拭き拭き、わたいの『敬称』を言いにくそうに言った。
「そうなんです。オネエサン。なんでりんが角南の友達になったのか分からないんですよね。(みんなに向かって)サッカー部のアイドルとエロ小説家志望なんてあわねえよな!」
林太郎クンが言い訳するように言う。
「・・・俺の家が途中の津久井にあるから・・・京浜電車で顔を合わせてるうちに・・・」
角南クンは目をきょろきょろさせて成り行きを見ていたが、
「・・・それにこいつは俺の小説の理解者なんです!」
Hクンが叫ぶ。
「うお!それはやばいぜ!お前のホモホモ歴史小説なんか読ませて、その道に目覚めちまったらどうするんじゃ!」
角南クンが真面目顔で言った。
「俺の小説は命を賭けた『契り』を扱ってるんだ!・・・その時は・・・責任取ってやるよ!」
一瞬シーンとした。次の瞬間、みんな大爆笑だ。
「いや、駄目だ!りん!こいつだけは止めとけ!俺がいいぞ!」
「いや俺だ!」
みんなが楽しそうに名乗りを上げた。
林太郎は嫌がらずに口から白い歯を見せながら笑って聞いていたが、こくんと頭を下げて、
「皆様、ご厚意は有り難いけど・・・ご免なさい!」
テレビでやっていた告白ゲームで、プロポーズを受けた女性の断り方だ。
芋の煮っ転がしをつつき、ビールや焼酎を飲みながら、彼らはわいわいと夢を語り合う。エッチな話も飛び出すが嫌みがない。みんなより年下のりんクンも楽しそうだ。大切にされているみたい。
わたいは若い笑い声に後ろ髪を引かれながら母屋に退散した。
四月二十二日 水曜
裏でバイクの音がした。そして弾けるような笑い声。りんクンだ!春休みがあったので角南クンの友達が来るのは久しぶりだが、今日は彼一人のようだ。
かんかんと金属製の階段を二階に上がる音。その後を足を引きずるように角南クンが上がる。
「俺の背中に涎垂らしたんだろ!調べてそうだったら洗えよな!」
・・・な、なんと何が起こった?
「お前がスピード出しすぎるからだ!時速二百六十キロなんて!翼があったらどっかにすっ飛んでってるぞ!」
「へーん、大介のこわがりーっ!」
ほっ・・・バイクを知らないわたいは二百六十キロがどのくらいか分からないが、きっと凄く速いんだろう。今日は後ろに角南クンを乗せて送って来たのね。彼らの口調に年の差はないみたい。
しばらく立つと今度は階段を下りる音。丁度、わたいは庭の花に水をやりに勝手口から出た。
そこには長い丈のTシャツで素足を出した少年が、『燃えるゴミ』の大袋を集積箱の網の下に入れているところだった。少し屈んだ後ろ姿で、Tシャツが少し持ち上がりお尻がちらと見える。おお!身体に吸い付くように薄く黒いブリーフ!
わたいに気が付いて、彼は慌ててTシャツの裾を下げた。真っ赤になっていた!可愛い!
「あ・・・こ、今日は!・・・今日はちょっと大介を送って来ただけです・・・でもあいつの部屋汚くて・・・」
声も透き通るように高い。
「この間のお芋、美味しかったです!」
彼はぺこりと頭を下げて小走りに階段を上がっていった。
(んまあ・・・角南クン、彼女要らないじゃない)
わたいは湧き上がる妄想をゆっくりと醸成させるため、居間に戻りタバコに火を付ける。
何か怪しい音がしないかな・・・くくく
しばらくすると果たしてどすんと尻餅でも突く音!耳を澄ましたが近所で子供が泣き出し、残念ながらその後は何も聞こえない。
きっと二人であんなことこんなことをしてるんだろう・・・などと絡み合う二人を想像する。
わたいはテーブルの上に置いてあった画帳を開くと夢中で妄想を描き付けていった!りんクンは絶対『女役』だよね!
男なのに絹のようなすべすべした足をしていた!眼福眼福!
わたいの画帳には、艶めかしくも美しい少年と屈強な青年の激しいセックスが鏤められていく・・・
一人で夕ご飯を食べた後もわたいは描き続けた。十二時頃、描き疲れてテーブルの上に突っ伏して寝てしまった。
そのとき階段を早足で下りる音!夜中なのに!常識無いの?わたいは少しがっかりとした思いで、キッチンの明かり取りの窓をそっと開けて駐輪場の方を見た。
外灯の灯りの下に誰かがバイクに辿り着いた。歩き方がぎごちなくよろよろしている。りんクンに違いない。身体全身に銀色のスーツを纏っている。バイクスーツというやつか。身体の線がはっきり出ている。なんてスタイルがいいの!
でもなんか様子が変だ。角南クンは出てこない。
りんクンはバイクに寄りかかると、頭を下げて身体を小刻みに震わしている。・・・泣いているのだろうか!長い髪が顔の下に垂れているので分からないがしゃくりあげている。
そしてバイクを押して外の道に出ると跨り、はじめてエンジンをかけると走り去った。
わたいはどきどきして彼のバイクの音が聞こえなくなるまで呆然と外を見ていた。何があったの?・・・まさかわたいの妄想が現実になったんじゃ・・・
するとゆっくりまた一人降りてきた。音がしないので裸足だろう。その男はトランクスしかはいてない!背中の筋肉が見事に盛り上がっている。角南クンだ!運動は何もしていないけど親譲りで身体だけはごついと自分で言っていた。
でもその背中に凄い傷があるのが暗闇でも見えた!まるで半魚人のエラのように肩胛骨の辺りから斜め下に付いている。りんクンに付けられたんだ!
彼はふらふらとしながら駐輪場でバイクを探していたようだ。
バイクがないことを確認したのだろう。上を向いて何か叫んだ。まるでフェリーニの映画、『道』のアンソニー・クインのようにそのまま膝を突いた。
そして頭を抱えてしゃがみ込んだ。
四月二十四日 金曜
あれから角南クンは部屋を出て来ない。学校も始まっているのに。心配になって一度訪ねた。玄関のドアの前で声を掛けた。
「角南クン。管理人の林梧です。様子が気になって来たけど、大丈夫?」
返事はしばらくなかったが、ようやく、小さな声で、
「・・・あ・・・大丈夫です。ちょっと風邪を引いたようで」
「何か、持ってきて上げようか」
「いや・・・食べ物も薬もありますので。寝ていれば大丈夫です」
声がやつれているような気がしたが、それ以上は聞くことも出来ず、わたいは母屋に戻った。
四月二十五日 土曜
今日の夕方になってバイクが入ってくる音がした。りんクンだ!キッチンからそっと覗くと、あのバイクスーツのりんクンがヘルメットを取るところだった。
乱れた前髪が目や頬に掛かっている。汗で長い髪がカールしている。一途に何かを考えているのか視線は遠くを見ている。
長い首と撫で肩。きれいに反った背中の為に大きいお尻が突き出ている。ぴっちりとスーツに纏われたかもしかのような脚。陰部が心持ち膨らんでいる。
女のわたいでもその色気にぞっとした。
もしや、角南クンは我慢出来ずに手を出したんじゃ・・・りんクンは逃げるようにして出て行った。泣きながら。きっと、友達として信頼していた角南クンに裏切られたと思ったのね。
・・・でも、そうだとしたら、またここへ戻って来る勇気があるだろうか?
やっと決心したように上をきっと向いて、りんクンは二階に上がっていった。手にはコンビニの袋を持っていた。
今日は旦那と夕食をするために料理をした。忙しい中で外の物音に気づいてキッチンの窓から覗くと、りんクンがTシャツ姿でまたゴミを出していた。今度は下に短パンを履いていたが。
ああ、やっぱり勘違いだったのね。
優しいりんクンは心配して角南クンの世話をしに来たのだわ。・・・でも仲が良いのは事実。
あの仲間で誰か病気になるとりんクンは介抱にいくのかしら。そしてその夜、いっぱい慰めて上げたり・・・きゃーっ!
Hクンなんか見るからに好きそうだから、
「おい、りん!ここだここだ!」
Hクンは掛け布団を持ち上げてりんを呼ぶ。
りんは恐る恐るHの横に身を横たえる。
・・・
Hクンはりんに盛んにしゃべりながらそれに疲れると寝てしまった。本当はやっぱり優しいのだ。
次の夜は角南クンの番だ。角南クンは古武士みたいに腕を組んで床に胡座をかいている。りんクンが両手を突いて、
「よろしくお願いします・・・」
「うむ」
ご飯と食べながら時々叫ぶわたいを、旦那は恐怖の目で見ていたわ。
真夜中になって趣味の絵を書き殴ってから二階の寝床に行った。
さあて寝ようとしたとき、小さな叫びを聞いた!
えっ!
わたいの耳はこの時ばかりと研ぎ澄まされた!足下の方向の壁を隔てた角南クンの部屋から確かに声が!わたいはむくりと起きて、腹這いになりその壁へ匍匐(ほふく)前進!
壁にぴたと耳を付けた!これって犯罪?でももう止まらない!占いでわたいの前世は『忍者』って出てたの!ルカが不思議そうにわたいのやることを見ていた。わたいはルカに向かって口に指を一本付けてしーっと言った。にゃんにゃ?
(あ・・・大介!)
(痛い?)
(う・・・ん、大丈夫・・・今日は優しいから・・・)
その最中!わたいの頭にそれまでにない妄想力が吹き荒れたわ。
(今度は・・・俺も満足させてくれるんだろ?でも今日だけだよ!)
(・・・今日だけ?俺の恋人になるの嫌か?)
(・・・どうせすぐ二人とも飽きるよ。その時までならいいよ)
(残念でした・・・じゃ一生恋人だ!)
(やだ!)
(じゃ、逃げて見ろ!)
(あ・・・ん・・・髪・・・掴むの反則!おまいの大きいから抜けないし)
(感じる?)
(知らない!)
(りん・・・)
(あう!)
二人の激しい息が段々短くなる。打ちつける音も聞こえてきた。
(・・・大介・・・俺もう・・・出ちゃう!)
(一緒に行こう!)
(ああーっ)
その夜のわたいはなんという幸福感に浸ったことか。
若い二人の最初の愛の交合の時に立ち会ったなんて、一生のうちにめったにあることじゃない・・・
これだから管理人はやめられない。ひひ。
4月26日 日曜
『初夜』を過ごして今日までりんクンは隣にいた。
二人で降りてくる気配がしてそっと窓から見守ると、バイクの前でキスをしている。あ〜あ。熱い熱い!
りんクンはバイクにお尻を乗っけて、足を少し開いて角南クンを受け入れている。唇をお互いにいろんな角度で付けたり離したり・・・二人で美味しそうに味わってる・・・ぐふふ・・・わたいに見られていると知らずに・・・あっ!そうだ、デジカメ!くそっ!こんな時に側にない!
今度からわたいはデジカメを首にぶら下げて暮らすのだわさ!超小型のデジカメを買いにヨドバシに走るぞ!
五月二日 月曜
飛び石連休の狭間で今日は角南クンは学校に行ったようだ。そして三時頃、二人で歩いて帰ってきた。
新婚さんの様に楽しく話ながら連れ立って。
そして部屋に入ってしばらくすると、がたがたと粗大ゴミやら燃えないゴミを出し始めた。
「えーっ!これも捨てなきゃならないのか!」
「そんながらくた、よく持ってたね!捨てなきゃ、俺、もう来ないよ!」
二階の寝室にすわと駆け込んで、聞き耳を立てているわたいには中の様子がよく分かる。これぞわたいの妄想力さ!けけけ!
角南クンが両手に何か抱えてるのか、足でドアを開ける音。
そうか。二人の愛の巣を作ってるのだ!
この間、差し入れに行った時、角南クンの寝室をちらと見たら、そこら中に本やらCDやら昔のレコードやらが散らばって足の踏み場もなかったっけ。骨董品の蓄音機、捨てさせられたな。わたいでもまず片づけさせるね!でも、引っ越すって言ってきたらどうしよう・・・家賃下げるか!
最後に掃除機の音。
わたいはちょっと意地悪する事にした。身体が勝手に動く〜!がはは!
とんとんとノックすると、しばらくして角南クンが出てきた。シャツの裾がジャージのズボンから出ている。急いで着たのだ。わたいの顔を見るとびっくりした。寝室の戸からりんクンが顔を出してわたいにお辞儀する。顔が上気している。何か悪いことやった子供みたい。くっくっく。かわゆい!何をやっていたかお見通しだぜ!
「何か大掃除してたけど・・・まさか引っ越しするんじゃない?」
角南クンはまたびっくりして、
「ち・・・違います!その・・・梅雨が来る前に少しさっぱりとさせようと・・・」
「ご免ね。大家として心配になって聞いちゃった」
「ご安心下さい!引っ越すような金、全く無いです!」
にこやかにお互いに笑って別れ、わたいは急いでまた寝室に駆け上がった。
(ああ・・。びっくりした!大家さんに感づかれちゃったと思った)
(ふふ・・・感づかれたら嫌?俺たちってそんなに悪い事してる?大介、やっぱり後ろめたいんだ)
(・・・違うよ!でも知られたらお前が恥ずかしい思いをすると思って)
(・・・俺、恥ずかしいと思わない!そんなんならもう会わない!)
(ま・・・待ってくれ!俺はそんなつもりで・・・)
あ〜あ、もうりんクンの尻に敷かれてるわ。りんクンは真っ直ぐで強い。でもあの日は泣いていた。・・・だから守って上げなきゃ。角南クン、苦労するわね。
案の定、しばらくすると激しい息遣いが聞こえて来た。そして二人の絶頂の喘ぎ。
六月三日 金曜
今日は角南クンが帰る前にりんクンがバイクでやってきた。合い鍵を持ってるのね。まあ、愛の巣なんだからね。
そしたら宅急便が来て、りんクンが代わりに受け取った。庭でお水をやってたら部屋から大きな声で、
「なに!これ!」
何か変なものを受け取ったのかな?・・・ぎひひ、ここでわたいのアンテナはぴんと来たね!今日は旦那は夜勤じゃ!二階にサンドイッチとコーヒーを持って上がって実況中継を聞こう!けけけ!
六時頃、角南クンが帰った。さて・・・何が始まるかな?
(そ・・・それはHに買ってやったんだ!)
(やっちゃんは恋人披露したばかりじゃないか!あんなにきれいな人にそんなものはかせるの!)
(・・・で、出来心なんだ!お前が着てくれたらなんて考えなかった!お前にそんな格好させないよ!絶対に!)
なんとまあ、夫婦喧嘩も良いとこだね。相手が美少年というところがわたいみたいな腐女子には堪えられんて。
(じゃ、誰に着せるんだよ!・・・そうか、あの水谷薫とかいう子だね!)
えっ!何!角南クン、浮気?許せん!りんクン!やっちゃえ!
どこかへ走り込む音、そして戸をぴしゃりと締める音。何かいやらしい下着を角南クン注文したみたいだね!フリルが付いたパンティかしら?若いっていいわー!
そのあと音は聞き取れない!くそ!
サンドイッチを頬張って女物の赤の下着を纏ったりんクンを描いていると、突然、
(ああーっ!大介!大介!)
角南クン、やるわね!
そのあとかなりの激しいセックスが続いたようだ。ぬひひ!
わたいは考えた。あの二人・・・何か尋常じゃ無い。運命的なもので結びついているんじゃない?角南クンは勿論、りんクンを求めるけど、りんクンも長続きはしないと考えて角南クンを疑って牽制しながらも心の底では求めているのじゃあ・・・
これって・・・凄いわ!男子一生の契りよ!このまま一過性の恋愛として平穏に過ぎて終わってしまうなんて嫌!この二人にはそれは無い!絶対!
きっと求め続ける方の角南クンにとって試練じみたことが待ってるんじゃない?角南クンの愛がホントか、これは見物(みもの)よ!
わたいは彼らの交合の喘ぎを子守歌にして寝てしまった。
六月四日 土曜
わたいは帰ってきた旦那に起こされた。朝ご飯を食べさせると旦那は寝てしまった。わたいは欠伸をしながら庭で水を撒きはじめた。
するとバイクが駐輪場に入ってきた。
真っ赤なバイススーツを着た子がバイクを停めると、ヘルメットを脱いでわたいの所に来た。
な・・・なんとりんクンとはまた違った美形!細身の身体に長い黒髪、エキゾチックな眼差し。口の端が切れ上がっていつも微笑しているような表情。なんでこんなきれいな男の子が二人も現れるの!
「あのー、三浦荘ってここでしょうか?」
わたいはびっくりして頷いた。
「そ・・・そうだけど」
「やっと探し当てた!角南大介さんってここに下宿しているんですよね?」
「・・・あ、角南クンね・・・201だわ」
「有り難う御座います」
赤の君はぺこと頭を下げると、バイクの後ろからバンドに巻いた数冊の本を出して二階に上がって行った。
来た!
わたいの感は当たるんよ!
わたいは忍者のように階段の下に移動した!
赤の君がドアをノックすると角南クンがドアを開けたようだ!
「あっ!大介さん!」
角南クン、ピンチ!
「か、薫君!な、なにしに・・来たんだ?」
「やっぱり言われた本読んだけど、よくわかんないんだ。教えて貰おうと・・・」
ちょっと会話に間が開いた。
「あ・・・誰か居たんだ・・・お友達?」
りんクンの声。
「そう、僕は大介の『おともだち』だよ!」
「ふーん、噂には聞いてたけどほんとだったんだ・・・」
彼らは剥き出しのライバル心で言葉を交わした!凄い!男の子同士の三角関係って!きゃーっ!
わたいははらはらして聞いていたが、りんクンが足音を荒げて階段を下りてきた!わたいは階段の下の奥まったところに箒を持って潜んだ。
りんクンの横顔は怒り狂った野生の豹の様だったわ。美しいけど近寄ると鋭い爪で引き裂かれそう!
彼はTシャツ姿のままバイクに飛び乗ると、エンジンを吹かして前輪を上げて外に走り出た。凄い!映画で見たけど本当に出来る人がいるのね!
角南クンがばたばたと後を追って来たけどもう遅し!呆然とりんクンの走り去った方向を見ていた。
赤の君はそんな角南クンを見ながら自分のバイクに乗るとやはり急発進で出て行った。あ〜あ、角南クン、どうする?
6月5日 日曜
ふあ・・・今午前1時。りんクンは出かけたまま昨日は戻ってこなかった。わたいは寝床に入った。
・・・ゆっくりと階段を登る音!音を出さないようにしているが、古びた鉄の階段の軋む音にわたいは目が醒めた。りんクンかしら・・・まだ午前4時だ。かちゃりとドアのノブを回す音。
さあ!わたいは俄然と頭が冴えた!あの調子じゃ、りんクンはかなり頭に来ているはず。案の定、壁から聞こえる話し声が段々と大きくなった!
「・・・俺たち男同士だろ!・・・子供産めるわけ無いし、今にお互いに邪魔になる。もうここらへんが限度だろ!」
一瞬静寂。ああ・・・これで終わってしまうの?
突然大声がした!
「いいか!戻ってこい!」
やった!角南クン、がんばれ!・・・でも強制はりんクンに通じるか?
わたいは角南クンがぐいとりんクンを抱きしめ熱いキスをして引き留める光景を頭の中で描いた。(ああ・・・やっぱり愛してくれてるんだね)・・・なんちゃって、りんクンがうっとりして。
あにはからんや、バタンとドアの閉まる音。かんかんと階段を降り、足早に去って行く・・・現実は厳しい・・・
6月8日 水曜
朝、洗濯物を干してると学校へ出かける角南クンが通った。ぺことお辞儀をしてすぐ目を地面に落とし、背を丸めて歩いて行った。わたいは彼が自ら招いたことながらちょっと可哀相になった。
・・・ところが4時頃帰って来た角南クンの連れを見てぶったまげた!
あ・・・の『赤の君』だっ!なんなの!角南クンの浮気者!・・・しかし一粒で二度おいしい奴じゃ!このカサノバめっ!
りんクンと作り上げた愛の巣に可愛い子を引っ張り込むなんて〜。許せん奴!
わたいは旦那が夜勤で居ないことを幸いに完徹体制に入ったぞ!
ふむふむ・・・どうやら『赤の君』は薫クンと言うらしい。茶碗の音がするとこから薫クンにご飯を作らせているな!角南クンは料理は何も出来ないのをわたいは知っている。メスに働かせて自分はセックスをするだけなんて、ライオンのような奴じゃ!でも楽しそうな笑い声が聞こえる・・・りんクン!今帰っちゃ駄目だよ!
ご飯の後はお風呂に入ったりして本番はまだまだだろう。わたいもカップラーメンでも食べよう・・・
「ひっ!」
何!なにやら可愛い声が!
「あ・・・大介さん!」
もう、食後早速!・・・貴様等わたいを舐めとんのか!
途切れ途切れだが喘ぎ声が続く・・・角南クンが薫クンの身体を舐め回しているようだ!わたいはご飯どころじゃなくなった!
「あ・・・そ・・・そこは駄目・・・汚いです!」
何・・・ど、どこじゃ?
「きれいだよ・・・洗ってきたんだね」
「は・・・はじめてだから・・・優しくして下さい・・・」
こ・・・この男は希代の美少年泣かせか!少なくともこの数ヶ月で初物を二回も!稲垣足穂の再来か!
「はう!」
「痛い?」
「・・・だ、大丈夫です。優しくしてくれるから・・・」
むう〜・・・負けた。角南クン、君は全腐女子の希望のホシだ。
「あ!あん!あん!・・・」
六月十二日 日曜
角南クンは朝から背広姿で出て行った。わたいはお水をやりながら、
「あれ・・・今日はぴしっとしてるわね。どっかに行くの?」
「・・・友達が海外留学するので空港まで送りに行ってきます」
「へえ〜、凄い。どこに?」
「ウイーンだと言ってました。バイオリンを勉強するそうです」
わたいはそれは薫クンだとぴんと来た。
「角南クン、大した友達を持ってるのね。ここに来てた人?」
「・・・一度・・・来ましたが、お姉さんには会ってないと思います」
へへん!ちゃんと会ってるわい!
駅の方に行く角南クンの背中はまた寂しそうになった。ふーん、留学する前に一度だけの逢瀬で来てくれたのね。薫クンにはこれで恋の思い出となって永遠に記憶に残るのね。・・・男同士でも恋は恋なのね・・・感動したわ。
夕方、キッチンから何気なく外を眺めると、階段に背広姿のままの角南クンがぼおっと座って空を見ているのが目に入った。
飛行機に乗った薫クンを想っているのか、喧嘩して出て行ったりんクンの帰りを待っているのか。今の彼にはいつもの愛を求めて彷徨する求道者の面影は無かった。
わたいは食卓に用意していたお皿を持って勝手口から出て、角南クンのところへ行った。
「・・・リンゴ食べる?」
角南クンは驚いた顔をしたが、にっこり笑うと、
「いただきま〜す」
リンゴにかぶりついた。
6月17日 金曜
今日で二週間だね。りんクン、ほんとに角南クンに愛想を尽かせたのかしら。角南クン、このごろ達観したようにぼーっとして出かける。今日は久しぶりに喫茶店にみんなと集まると言ってたな。
昼過ぎから雨が降り出した。夕方、雷が鳴り出した。夜半過ぎても降り止まない。
雨の音の中、だんだんと階段を急いで上がる音。鍵を開けてばたんとドアを閉めた。角南クンだな。傘持って行かなかったんだ。
紅茶を入れて画帳に向かおうとした時、また母屋の前をばしゃばしゃと水たまりを駆け抜ける足音がした。他の部屋の連中は全てもう帰ってるはずだ。
来た!
私は椅子から反射的に立ち上がった!
階段の前で立ち止まってからゆっくりと登って行く気配!
間違いない!りんクンだ!
わたいは静かにキッチンの窓を開けて階段を覗いた。ずぶ濡れになったりんクンが手すりを掴んで階段の中頃で立ち止まっている!雨が容赦なくりんクンに降りかかり、所構わず水しぶきを上げている。稲妻がりんクンの身体を浮き立たせた。
りんクンはジーパンに同じ生地の上着を着ていた。風と雨で髪は乱れ、怒りに狂った凄まじく美しい阿修羅のようだ!階段の上の角南クンの部屋をじっと睨んでいる。迷っているのか?
・・・しばらく決心が付かなかった様だったが、やがてゆっくりと登っていった!
わたいは焦って蹴躓かないように二階に上がり定位置に就いた。どきどきしながら壁に耳を付けた。もうりんクンは合い鍵で中に入ってるはずだ。
まだ角南クンは気付いてないのだろうか、英語の下手な歌が聞こえる。声が低いのでこんな日はよく聞こえる。ガス湯沸かし器の音が聞こえたのでシャワーに入っているのだろう。
冷蔵庫のドアを閉める音かばたんばたんという音・・・
(りん!)
気付いた!
(薫を抱いたの?)
その言葉が終わるか終わらないかの瞬間に稲妻が轟いた。わたいは思わず首を竦めて悲鳴を上げそうになった!
低い声が言った。
(ここにいるといつかみたいにまた乱暴するかも知れないぜ。俺は・・・変態のホモだからな。帰れよ)
・・・角南クン!それってないよ!りんクンを失いたいの!
(どうすればいい・・・?)
えっ!りんクン・・・
(・・・どうすればまた俺を抱いてくれる?)
・・・ああ・・・りんクン、君はやっぱり角南クンを心から・・・
わたいの目から涙が落ちた。こいつら、本物だ。追い求め、離れ、また惹きつけられる・・・永遠の追いごっこ・・・
(いやだ!俺だけしか抱いちゃ!・・・だから・・・なんでもする!)
・・・今度はりんクンの追う番だ。
今宵は角南クンの勝ち・・・角南クンはまた調子に乗ってりんクンを蹂躙するだろう。でもキミの苦悩はこれからだよ!本当の愛の苦痛は!求める方が辛いんだからね!
十二月一日 土曜
この数ヶ月、わたいの生活は充実していた。角南クンとりんクンの愛の関係を、少しでも垣間見れたのはわたいにとって一生の宝になるはずだ。
・・・こう言うのも、今日で彼らの愛は終わったからだ。
夕方、わたいは庭に出ていた。りんクンのバイクが駐車している辺りの草をしゃがんで刈っていた。すると角南クンの部屋からりんクンが出てきて早足で階段を降りてきた。
りんクンは、しゃがんでいるわたいに近寄るまで気が付かなかったみたい・・・彼は泣いていたから。バイクスーツのジッパーを胸の辺りまで開けたままで、片手の甲で涙を拭いながら駆けてきた。ぽたぽたと涙は頬を伝い顎の辺りから下に落ちていた。
やっとわたいに気付いて顔を上げて立ち止まった。
わたいが腰を上げたので彼のバイクへの行く手を遮った形になった。
「あ・・・」
「りんクン、ど、どうしたの?具合でも悪いの?」
りんクンは情けなさそうな顔を向けた。そして新たな涙がそのきれいな瞳から溢れ出た。
「・・・俺たち・・・終わりました・・・」
「へっ?・・・」
「・・・分かってました。管理人さんが時々俺たちの様子を伺ってたのを・・・俺たちがホモだってこと知ってたんでしょ?」
「ホ・・・ホモだなんて・・・そんなこと思っちゃいない!」
わたいは本気で言った。腐女子が同性愛を差別するか!男女の仲よりずっと透明で崇高な関係なのよ!
「喧嘩したの・・・?」
りんクンは鼻水をすすった。
「大介は俺を精液処理係にしてたんです!」
わたいはぶっとんだ!
「そんなこと・・・あんなに愛し合ってたんじゃない・・・あ」
口を慌てて塞いだが自ら認めてしまった。
「そいで・・・俺の夢を否定したんだ!あんな奴とは思わなかった・・・」
わたいは声が出なかった。
「・・・本当にお世話になりました。俺、イギリスにサッカーをしに留学します。もうここへは来ません」
「ほんとに・・・?」
「あいつ・・・きっと自棄になって生活荒れると思います・・・だからあいつを・・・気にしてやって下さい!お願いします」
りんクン!最後にそれは健気すぎる!やっぱり貴方は角南クンを好きなんだわ!
彼はぺこりと頭を下げるとバイクに跨った。
十二月八日 土曜
あれから角南クンは部屋から出てこない。りんクンと一発触発なことは以前にもあったけど、今度は声を掛けても答えないのだ。確かに失ったものは大きい。わたいもこれからの人生の楽しみの一つが無くなった。でもりんクンにあそこまで言わせるなんて、角南クンも責任重大だ。
でも夕方そそくさと出かけていった。少しは何かを期待しているような様子だった。きっと顔を見る機会があるんだわ。
しかし十二時頃帰ってきた時はぐでんぐでんに酔っぱらっていた。声が聞こえるので出てみると階段のところで角南クンが突っ伏して大声で歌っている。下手糞なので原曲が分からない。
旦那に手伝って貰って彼の部屋に連れて行った。
「あ・・・り・・・がとう・・・ごじゃいましたっ!」
寝室のベッドに座らせると操り人形のように首を前後に振ってそう言った。わたい達が側の机に水のコップを置いてドアを閉めるまで、そこに座り込んだまま動かなかった。
十二月十日 月曜
学校があるのに角南クンは出て来ない。昼頃運動着姿で出て行ったと思ったらコンビニの袋にお酒を一杯入れてビールを飲みながら戻ってきた。完全に自棄になっている。
夕方、HクンとNクンが来た。部屋で励ましていたようだが、だんだん会話の声が大きくなってきた。
「お前な・・・振られたぐらいでしっかりしろ!りんは世界に挑戦に行ったんだぞ!お前も見習ったらどうだ!」
Hクンだ。
「・・・五月蠅いな。お前等の知ったことか!帰れ!」
「何!」
「馬鹿野郎!」
殴り合いになる寸前にNクンがHクンを部屋から出した。
「まったく・・・情けない野郎だ!」
と言いながら彼らは帰ってしまった。
夜、夕飯の後かたづけをしていると階段から凄い音がした。
慌てて出てみると角南クンが踏み外して転げ落ちたらしく、一番下のステップに寄りかかって座り込んでいる。
「大丈夫?」
わたいは駆け寄った。
「・・・へへへ・・・やあ!オネエサン!こんばん・・・わっ」
最後のシラブルで頭をこっくりする。見ると擦り傷だけだ。しかし酒臭い。
「・・・どうしたの?角南クンらしくないわ」
「・・・お・・・俺は・・・こんなもんですっ・・・どうしようもない・・・」
「何故、追いかけないの?」
「へっ?」
角南クンはびっくりして顔を上げた。
「何故、りんクンを追いかけないの!」
わたいの顔は鬼のようになっていた。
角南クンは私の形相から目を背けると、しらけたような顔をして指で頬を掻いた。泥酔した人間がよくやるしらばっくれた表情だ。
だが悲しみが戻ってきたのか、目を潤ませるとぽつりと言った。
「あ・・・い・・・つは・・・俺を捨てた・・・んです」
わたいの顔を見ない。
「俺より・・・夢の方が・・・良いと」
ばっしーん!
わたいが角南クンの頬を思いっきりひっぱたいた音だ。角南クンは仰天してわたいを見た!ほっぺたにわたいの手の跡がついている。
「お互いの夢を大切にして守るのが『愛』じゃないの!」
わたいの声は大きかった。店子達が何事かとドアを開けて様子を伺う。わたいは大股、仁王立ちで怒りに身体が震えていた!・・・この事件の後、わたいにタメ口を叩く店子はいなくなった・・・
「貴方は大きな負債を負ったわ!りんクンと自分を裏切ったことに対してね!貴方が出来ることは一つしかないよ!・・・」
角南クンの目から涙が出てきた!大きく開かれた瞳がわたいを見た!
その答えを必死に探していたのだ!
「貫く事よ!りんクンへの想いと自分の夢をね!」
「あいつへの・・・想い・・・俺の夢・・・?」
わたい達の上に白いものひらひらとが降りてきた。寒気がしんしんとその帳を下ろす。これから冬に入るのだ。辛く寒い・・・
完
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