告白
そそくさと、ボールの底に溜まった卵を、お湯で流した。固まると始末が悪い。
衝動的に、真夜中にオムレツを作るのが、どうもここ数カ月定着してしまった。食べたいのではなく、作りたいのだ。オムレツには似合わない中華鍋を引っ張りだして、オリーブオイルを、これでもかというくらいにその鍋に注ぎこむ。タイミングを見計らって、卵を入れる。卵はいつも二つだ。鍋底に引っ付かないように、菜箸で、素早くかきまわす。そのあとは、鍋のコントロールだけで形をつくる。そんなことを、真夜中にひとり黙々としていた。
片づけは嫌いだ。けど、早く水を流しておかないと、卵はこびり付く。まるで誰かのように。そう思いながら、せっせと片付ける。勿論オムレツも、さっさと片付ける。これは苦痛ではないけど。
こんな風に衝動的に、と思う。それができたならいいのに、と思う。でも結局できそうにない。2か月も駄目だった。あしかけ10年。卵だったらもう干涸びてる。臆病でずるいのが、嫌でたまらなかった。
そもそも、何におびえているのかがわからない。おびえる必要なんかまったくないのに、どうしてそれができないのかがわからない。わからないから、答えはみつからないし、結局、答えが出ないと安心できなくて、なにもできない。そういうことなのだろうか。
僕は彼女が好きだ?
久しぶりに会った彼女は、変わらなかった。そりゃたしかに、歳をとった分だけ、少し大人びた雰囲気だったけど、昔のままだった。ちょっと、社交的になって、ちょっと相手との距離をうまくとれるようになって、僕に対してだって、いつのまにか距離を保っていた。なんとなく、それは寂しかったけど、彼女は綺麗なままだった。
ここ数年で、僕は弱くなったと思う。ぼろぼろになって、女性の体に逃げた。十以上離れた女性と体を重ね。女性のぬくもりに安らぎを求めた。そのぬくもりは、所詮一時しのぎで、どうあがいったって、ホッカイロ程度のものでしかないことをわかっていながらも、すがるように、そのぬくもりを求めた。それから、ひどく後悔した。
大人だった彼女たちは、その姿を見ては、優しさからと、わずらわしさからと、求めてるものが与えられないもどかしさから、離れた。
自分を曝けだすのが恐いのだろうか。多分、それは一つの答えだ。自ら汚してしまった自分を自ら曝けだせるほど、僕は強くはない。壊れそうになる自分をどうにかバランスをとるので、必死なだけで、それ以上のことなんかできやしない。そう考えている。
もしかしたら、彼女に対する思いだって、結局のところ、そのバランスを保ってくれる最終兵器くらいの感覚で、求めているだけなのかもしれない。等々、一見もっともらしい思案をしてみては、結局は、自分が弱いだけなのだという結論にたどりつく。
卵が腐ってしまうと、臭気を発する。それで周囲は気付き、あわててそいつを処分する。いつか、それもかなりちかいところで、自分自身もと思うと恐くてたまらない。
結局、弱虫の僕は、オムレツを処分したあとに、論文を書くことにした。なにもないよりは、ましだというのが口癖のようになっていた。何もないよりはましだ。そういうふうに、逃げて、生き延びて、バランスをたもっていた。
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