すっぱい涙
もうすぐ完全に姿をあらわそうとしている太陽を背に、あたしはアパートの部屋のかぎを開けた。
いつものように朝方まで遊んで、カップラーメンの匂いに満ちた汚い自分の家に一人で帰る。
鏡に映る自分の顔は落ちかけた化粧でぐちゃぐちゃ。
最近腰のあたりまでのびようとしている髪は汚く輝く金色。
二年前、東京に来たばっかりのあたしの胸には期待しかなかった。
……原宿のオシャレな店でお茶して、大きな図書館で借りてきた素敵な本を読む。
それから、新しくできた友達を自分の部屋に呼んでから東京の話をいっぱい聞いて――
あと雑誌に載ってたかわいい服も買って……。
そんな夢も抱いてた。あたしったらバカだね。今ごろ分かってきた。
お金がなければお茶も綺麗な部屋も服も買えない。
具体的な計画一つ持たずに就職先もなくて毎日フラフラ。
変な男にひっかかっては泣いて、その涙を受け止めてくれる友達だって一人もいない。
本当に……何のために東京にきたんだろう。二年前に見たこの街はキラキラしてて……今、この街は排気ガスまみれ。全てが灰色。
あたし、汚くなったな……。
やぶれたヒョウ柄のマットの上で寝ようとすると、玄関に白いものが落ちている。
それは封筒だった。丁寧な字で「田端 るみ様」と書いてある。
こんな字書く人なんて知り合いにいないし……。
邪魔なタバコくさい髪を手ではらって封を開けると、小さな字で
「ルミへ
元気にしてる?最近ルミから電話もないし、こっちから電話してみてもつながらないから
手紙を書いてみました。 お仕事はみつかったの?変なものばっかり食べてない?
この前テレビで見たんだけど、やっぱり納豆がすごく体に良いみたいです。後、あまり塩辛くして食事しないほうが良いですよ。 困ったこと、嬉しいことがあったらいつでも電話頂戴ね。お父さんも心配してました。新潟はもう寒くなっています。
少ないけれど、これで何かほしいものを買ってね。お母さんはいつでもルミの味方だよ。 お母さんより」
特別なことは何も書いていない、その普通の手紙があたしにはどうしても切なくて嬉しくて、あたしは本当に久しぶりに涙を流した。
温かい水がほほをぬらすのを感じながら封筒を逆さにしてみると、一万円がかさっと音を立てて落ちた。
お母さんの優しい笑顔と、心配そうに困った顔と、眉間にしわをよせて怒る顔と……お母さんの表情が頭の中をめぐるたびにすっぱい涙が顔の上をつたう。
それからあたしは新潟行きの新幹線の切符を買いに外に出た。
まぶしすぎる太陽の光に目を細めながらも、今日だけはしっかりと空を見た。
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