誰が彼女を殺したのか
ブラウン管に映ったニュースキャスターは今日もどこかで起こった殺人事件について沈痛な面持ちで話していた。
何処かで誰それが傷つけられた、殺されたなんて関係ないことだ。すぐに画面から目をそらし朝食を食べることに専念する。耳に入ってくる音声は唯の雑音と化した。こんがりと焼けたトーストをかじりながら今日提出するはずの課題を済ませてないことの言い訳を考え始めたが母親の一言で中断させられる。
「ねぇ、殺された子ってあんたと同じ高校じゃない?」
は?と画面に表示された今回の被害者の写真を見て、あぁと返事する。
「安瀬児さんだね」
彼女は近所に住んでいるごく普通の女子高生だったと記憶している。名前を知っているのは一度友人が「安瀬児さん」と呼んでいるのを聞いたことがあるからだ。おとなしいタイプでよく図書室でひっそりと本を読んでいるのを見たことがある。
「やっぱり。おんなじ制服だもん。」
と母は興奮した口調でまだ犯人は捕まっていないのだということを言った。近所に犯人がいるかもしれないから気をつけること、なるべく帰りは複数で帰ることと注意を付け加えた。それから察するにどうやら無差別的なものらしい。
「世の中物騒になってきてるわね。親御さんも可哀想に、まさか娘がこんなに急に死ぬなんて思ってらっしゃらなかったでしょうに。」
涙でぐしゃぐしゃになった遺族を見て母はつぶやいた。それは誰にも言えることじゃないだろうか。現に今そんなことを言っている母も僕が急に殺されることを想定していない。世間ではこんなことが起こっているが自分には無関係だ。
大多数の意見はソレだ。同情は覚えても懼れはあまり感じられない。僕は末期なことに同情すら覚えない。目に飛び込んでくる映像をぼーっと享受していく。たくさんの花に囲まれた遺影、すすり泣く声がBGMになっている会場、泣き崩れる母親、まだ納得しきれないという表情の父親。画面は切り替わり、アナウンサーと評論家が討議を始めた。あんた遅刻するんじゃないの、さっさと食べなさいよと母の叱責が飛んできたので残りを急いで放り込んで画面端のデジタル表示の時刻を見る。確かに時間はない。皿を片付けるまもなく、僕は鞄を引っつかんで玄関に走った。後ろで何か言っているようだったがきこえないふりをした。ドアを開けると朝特有のひんやりした空気と霧のにおいが顔をなでた。おぉ、寒いと親父くさい独り言を発し、猛ダッシュで待ち合わせ場所に急ぐ。ローファーがカツコツとアスファルトを叩く音がする。普段運動してないからか太ももが痛んできた。走るのやめちゃおっかな、そう思ったが遅れた際の待ち人の反応を想像して背中に冷や汗がつぅと伝った。走ろう、せめて努力している姿を見せよう。罰が軽くなるかもしれない、そう自分に言い聞かせながら走った。見えてきた目的地にいる人影を確認して勢い良くズザァッとブレーキを利かせた。
「遅刻はしてないけど、好い加減にしてくんない?」
ナポレオンも裸足で逃げ出す笑顔で彼女は僕に通告した。あ、でもナポレオンはジョセフィーヌに尻にひかれてたからだめかとどうでもいい思考を働かせつつ、乱れる息の中僕は答えた。
「善処します」
改善されるのかねぇと疑わしげに僕を一瞥した後、彼女はにやりと不敵な笑みを浮かべて言った。
「今朝のニュース見た?」
毎日のように殺人事件が起き、メディアによって全国にその内容が知らされている。僕たちにとってはそれは日常と化し、感情は鈍化されている。死者に対する思いやりなんて薄くなっている。
「えぇ、見ましたよ」
人間の生死なんてただのゴシップにしか過ぎないんだ
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