左の眼

著:杉村

嗚呼

殺して

あなたの手で

ゆっくりと

力を込めるだけでいい

その

細く白い指に

狂っていく

私も

だから

御願い

私を

殺して


「その夜」
初めて闇を覚えた。
覚えたての闇は心地が良くて、私は吸い寄せられるようにして戸外を歩いた。
想像と幻覚の抽象的な風景が広がる。
人の眼には暗闇の中で色を識別する能力はない。
しかし、色を失った景色は逆に魅力があった。
この景色の一部に成る事を本能的に望んでいる。
木々の腕が絡み合っている間を月光がすり抜ける。
嗚呼、雲から抜けたのだ・・・
足音というには粗末過ぎる音。
落葉が人知れず朽ちていくように私の死は偶然的なものだから。
左右の景色は対称ではない。
それにもかかわらず見分けがつかないのは闇のせいなのか。
きっと、違うと信じている。
このまま溶けていくことにさほど抵抗はないだろう。
気配すら窺い知る事ができない。
海馬に収められて行く記憶を打繰り寄せる。
無色の夜と足音以外の回帰。
「あなた」の為に何ができる?
私は何をしてあげられる?
視界が開けて去年に命を終えたススキの揺れる光景が見えた。
綺麗ね。
これが私の本心。
そうとも云える。
そう、常に革命は突然起こる。
やや春を帯びた風が通り抜けている。
このまま短い命を終える事に躊躇いは微塵もない。

「ねぇ、殺して?」

苦悶に近いの表情をあなたは浮かべる。
最重要なことであれば仕方がないと。
覚悟の表情はお互いを強くする。
愛しすぎた結果を嘆くようにあたしは笑う。

「俺にとっての絶対になって欲しいだけだよ」

同じ言葉が再び伝達されて脳が揺れる。
なにも、そこまですることないというあなたの言葉は届かない。
だったら私が殺してあげる。
鈍色が暗闇に燃える。
それ以上に飛び散った赤い液体が私を燃えさせる。
片方の視力は失われて、あなたの瞳に最後の光景は植えつけられた。
再びの苦悶の表情のあと、あなたは私の首にそっと手を添えた。

「愛して」

こんなこと言える立場じゃないでしょ。
私もあなたも。
苦しいのは一緒でしょう?
きれいよ。
赤く濁ったあなたの左眼は。
何を見ているの?
現在は見えないでしょう?
過去かしら・・・
もしくは未来なのかしら・・・
私には想像することしかできない。
だから素敵だと思えるの。
そんな顔をしないで?
誰もあなたを愛しはしない。
分かってるのに期待をしてるあなたが悪いのよ。
私が狂わせてあげる。
あなたを絶対にしてあげる。
だから、私を殺して頂戴。


同士だとあなたは言う。
だから、関わらない方がいいと。
それはそれで成り立っている。
只、気づけば飢えているだけ。
私にはそれが正しいとは思えない。
頬に触れているススキが心地よくて。
此処でこうなったことに後悔はない。
あなたは言う。
「君は狂っている」と。
今日は月の影が濃くて。
少しの狂気と真実が此処に転がっていたのよ。
私はそれを只受け入れただけ。
それだけのことよ。
ほら、ススキが心地いいでしょう?
草の匂いで満たされるでしょう?
きれいよ。
ススキの間から見えるあなたの左眼は。
赤く萌える。
嗚呼。
あなたに会えてよかった。
あなたを知ってよかった。
狂気じみている?
見解は確かなようね。
もうすぐ私は闇に、土に、そしてあなたに溶ける。
それまで抱きしめていて。




この作品への感想は、杉村氏まで、メールでお願いします。


戻る