一片ノ願イ
伸ばした腕を、ひらひらと振ってみせる。
手首には、何度も切り裂いた傷跡
「いつまでそうしているつもり、キョウ?」
呆れを含んだ声に、僕はしょうがなく起き上がった。
「お前には関係ないだろ。帰れ、ブス」
「ブスって・・・あんたは小学生?」
たまたま同じサークルで、たまたま同じ講義を取っている彼女はへこたれる様子も無く溜め息を一つ吐く。
「いい加減にしないと、ダブるわよ」
「別にどうでも良いし」
「お金が勿体ない」
「別に俺は困らないし」
意味のない会話を繰り返しても、胸に巣くう無気力感は消えない。
アヤが消えてから、僕はおかしくなってしまった
「死にたい、」
「あっそう」
「アヤがいない世界なんて、掃き溜め同然だ」
「それは、それは」
「生きてたって何にも無い」
そう思って何度も手首に、澄んだ灰色の剃刀を這わせた。
それなのに、いつもいつも彼女が絶妙のタイミングで現れるのだ。
「・・・・もう、自由にさせてくれよ」
「駄目よ」
胸ぐらを掴む力は、今の僕より強いんじゃないかと思う。
アヤは、プルタブさえ上手に開けられなかった。
アヤにも、彼女くらいの力強さがあったら
「アヤと約束したのよ
あんたに後を追わせないって」
アヤは私と違って、か弱くて守ってあげたくなる可愛い女の子だった。
中学生の時からの付き合いで、病気がちなアヤを守るのは私の役目。
任せられる男なんていないと思っていた。
初めて私が好きになった人。
その人が、アヤを任せられる男になってしまった。
アヤは私の想いに気付いていて、それでも彼はアヤに夢中だった。
『私、あの人のこと』
弱々しいアヤ。
可愛いアヤ。
愛おしいアヤ。
『あいつは頼れるよ。アヤのことをしっかりと守ってくれるから』
笑って言った私を傷付けないように、アヤは彼と付き合いだした。
その夏に、アヤは病床に就いた。
みるみる痩せていくアヤ。私に出来ることは、病状が悪化していくアヤを見守ることだけ。
『私ね・・・彼のこと愛してる』
『うん』
『でも、サキのことも愛してるのよ』
『うん』
『もう、私のことは良いから』
元々ありもしなかった肉が余計に削げた頬
それでも、アヤは綺麗に笑った
『大好きな二人で、幸せになってね。
絶対に、私のこと追わないで』
握った手は骨張っていて、肌はカサカサになっていた。
最後まで笑って逝った。
アヤは、私に全てを託して
「アヤは・・・ううん、
私はあんたが好きなの・・・。もう、そんな姿見たくないの」
人一人の喪失を埋めるには、どうすれば良いのですか?
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