Wish

著:月原樹亜

照りつける陽射しと、
私の髪を撫でる優しげな風。
ゆっくりと流れる時と、静かな波音。
ただ、私はそんな静寂の中にそっと身を委ねていた。
孤独な夢を胸に抱え込みながら、ずっと…。

ずっと、悩んでいた。
ずっと、苦しんでいた。
何時間も…、何日も…、
何ヶ月も…ずっと…
ただ、ひたすら悩み続けていた。

もう、どれだけの時間が過ぎただろう?
もう何度、悩み続けただろう?
悩んでも、悩んでも、その答えは出なかった。
不安や寂しさという負の感情の鎖が、私を苦しめる。
まるで苦しんでいる私をあざ笑うかのように強く。

全身に痛みを覚える。
物理的ではなく、精神的な痛み。
感情の波が私の中で蠢いているのがわかる。
胸が締め付けられるように痛い。
その痛みは次第に強く、大きくなっていく。

息苦しくて…
どこかほろ苦くて…
そして、とても切ない痛み…
その痛みに身体が震える。

少しずつ私の心を不安と言う闇が覆ってゆく。
生まれつき目の不自由な私にとって、
それはなにものにもかえがたいものだった。

私はその闇から逃れるように、
そっと彼の手を握り締める。

不思議だった。
こうして彼の手を握り締めているだけで、
心が温かくなる。
どこか安らぐ、そんな気がする。
彼に触れていれば、悩みすらも押しては返す波のように
跡形も無く、綺麗に消えてしまうように思えた。
でも、どうしても一つだけ私の心の中から消えないものがある。
彼に対する想い。
それだけは私の心から消えることは決してなかった。

彼の為に何かしてあげたい。
彼の為に何かをしたい。
そう思う自分の気持ちとは裏腹に
いつも彼に迷惑をかけてしまう私がいる。
そんな自分が許せなかった。
そして悔しかった。
目が見えないゆえに好きな人に何も出来ないことが、
とても悔しかった。

どうして、こんなに苦しい思いをするのだろう?
どうして、こんなに心が切なくなるのだろう?
どうして、彼のことを好きになったんだろう?
どうして、こんなにも彼のことを愛してしまったんだろう?
彼の気持ちが知りたい。
もっと彼のことが知りたい。
そんなことを思う私がいる。

自分の素直な気持ちを伝えることが出来たら、
どんなに楽だろう?
でも、私には「好き」という一言でさえ、
怖くて言い出せずにいた。
もし、私が自分の想いを口にして、
彼に断れたりでもしたら、
きっと私は、自分の感情を抑えることが出来なくなってしまうかもしれない。
大切なものが私の中で壊れてしまうかもしれない。
それが怖かった。
彼を失うことが…
目の前から彼が居なくなってしまうことが…
何よりも…
どんなことよりも…
だから告白することが出来ずにいた。
たとえ心が苦しくても、辛くても…
それだけは私には耐える力なんてなかったから…

触れることでしか彼を感じることが出来ない切なさ。
空想の中でしか彼を見つめることが出来ない空しさ。
苛立ちと焦り。
悲しみと苦しみ。
複雑な感情が私の中で混じり合う。

私達はどうしてこんな形で出会ってしまったんだろう?
どうして私達はここにいるんだろう?
どうして私は私なんだろう?
戸惑いと不安。
諦めと絶望。
渇望と疑問。
私の心の中でそんな想いが波のように音を立てる。
これ以上、彼を好きになってしまうのが怖い。
これ以上、彼を愛してしまうのが怖い。
何故、彼はこんな私に優しくするのだろう?
何故、こんなにも優しいのだろう?
彼が私に優しい言葉をかけるたびに
私の中で心が揺れる。

誰も好きにはならないと決めていたのに…
心を冷たくしていたのに…
彼が私の心を迷わせようとする。
激しい痛み。
自分の中で押さえていたものが抑え切れなくなるような想い。
彼は私をおかしくさせる。
彼は私を変えてしまう。
今までに感じたことのない感情。
高鳴る胸の鼓動。
でもそれは決して不快なものじゃなかった。
むしろ、それが心地よく思えた。
そう思うことで、なんだか今まで変な意地を張っていた自分がバカらしく思えた。
私は、そっと彼の身体に身を寄せる。
自分の素直な気持ちを彼に伝える為に、
偽りではなく、ありのままの自分を彼に見てもらう為に…。

遠くで波のざわめく音が聞こえる。
確かに私達はここにいる。
彼にそっと触れ、お互いの存在を確かめる。
優しく撫でる心地よい風。
私達は夏の終わりの涼しさをその身に感じていた。

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