優しい贈り物

著:北本 和久

〈寺川市内に住む主婦・阪田敏江からの手紙〉
「寺川市立図書館長様
 初めてお手紙を差し上げます。
実はこの度、図書館に寄贈をしたいと思い、突然ではございますが、この手紙と一緒に書籍十二冊を送らせていただきました。
 著者名を見ていただければ分かると思いますが、お送りしました全ての書籍は先日亡くなりました夫・阪田浩志が書いた物でございます。
夫は平凡な会社員でしたが、発行年月日を見ますと、三十年ほど前から書き続けていたようです。
亡くなった後に遺品を整理していた際、押入れの奥にしまってあったのを見つけるまで、私は夫が小説を書き、本を作り続けていた事を全く知りませんでした。
何故言ってくれなかったのか、今となっては分かりません。
夫の古い友人でもある館長様でしたら想像がおつきになると思いますが、亡くなった阪田は本当に無口な性格で、私にでさえ自分からは殆ど話しかけてこない程でした。
毎日の仕事からの帰りも遅く、家でも仕事をしておりましたので、会話は殆どありませんでした。
いつかは言ってくれる積りだったのかもしれませんが、脳溢血で突然倒れ、そのまま亡くなってしまったので機会が無いままになってしまったのでしょうか。
そんな夫でしたが、私の誕生日などにはちゃんと贈り物を用意して、はにかみながら『ちょっと驚かせようと思ってね』などと差し出すような人でした。
生前は何もしてあげられませんでしたが、今からでも何か出来る事がないかと考えた時、この本を図書館に置いて頂き、一人でも多くの方に読んでいただければ阪田も喜ぶのではないかと考えて、お送りいたしました。
 長々と書いてしまいましたが、これらの本は自費出版の類だと思います。図書館に置いて頂く資格があるのかどうか分かりませんが、検討だけでもしていただけたら、と思います。もしも図書館に置くことが出来ないでしたら、着払いで送り返して頂いて結構です。どうか宜しくお願い致します。
敬具

平成二十年九月二十四日
阪田敏江」

〈図書館館長・清水泰治からの返信〉
「拝復、阪田敏江様
 まずは突然の御不幸、心よりお悔やみ申し上げます。
亡くなられた御主人様とは、高校の同級生だった頃より細々とではありますが交流を続けておりました。
最近連絡がないなと思っておりましたので、頂いたお手紙を拝見し、大変驚きました。
 さて、御主人様が残された書籍を寄贈したいと言う件ですが、検討した結果、誠に残念ですが、謹んで辞退させて頂きたいと思います。しかし、お送り頂いた書籍が素人の作品だからと言う理由からでは決してありません。むしろ、その逆です。
 どうやら奥様は御存知なかったようですが、亡くなられた阪田浩志氏はごく普通の会社員であると同時に、日本中に数多くのファンを持つ小説家です。無論、当館に作品がいくつもございます。ですが、送って頂いた書籍はその阪田氏の全作品、しかも全て初版本で、決して大きいとは言えない当館が所蔵するには貴重すぎると判断しました。
もっと立派な図書館に寄贈なさるか、あるいは記念館などをお建てになり管理するのが適当ではないかと思います。
 それにしても、奥様が小説家としての阪田氏を全く知らなかった事には少なからず驚きましたが、奥様が小説を殆ど読まれない事、本名のハンダヒロシの読み方だけを変えてサカタコウシと言うペンネームで活動していた事、原稿料や印税、著作権の管理を専属の代理人に一任し、会社員としての生活や人間関係とは完全に切り離していた事、無口で人付き合いが苦手な性格だった為に取材などには応じず、プロフィールや顔写真も公開していなかった事を考えると無理のない事なのかもしれません。
兎に角、出版社や代理人も突然連絡が取れなくなり困惑しているそうなので、一度連絡をされ、今後の事を相談なされてはいかがでしょうか。
実を申しますと、以前に阪田氏とあった際に、小説を書いている事を奥様に言っていない事を知り、何故隠したままにしているか聞いたことがありました。
しかし、飯田氏は例の『ちょっと驚かせようと思ってね』と照れ臭そうにはにかんでいるだけでした。
もしかしたら、奥様がこの事を知った時に奥様が驚く顔を想像し、独りこっそり微笑んでいた事もあったのでしょうか。
そのような事を考えると、『ちょっと・・・』と照れくさそうに微笑んでいた時の顔が目に浮かび、微笑ましいような、寂しいような、何とも言えない気持ちになります。
阪田氏と奥様の夫婦の絆が偲ばれる、とても良い話に自分も関わる事が出来、大変嬉しく思います。
 では、奥様にとっては思いもかけない事の連続と思いますが、どうかお体に充分にお気を付けてお過ごし下さい。
敬具

平成二十年九月二十八日
寺川市立図書館館長 清水泰治」

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