夕焼け

著:ジーノ

その事故はとある山道で起こった。

きれいな夕やけが見えると評判の道で,信一と真央はひさしぶりのバイクでのドライブデートを楽しんでいた。

ところが,中型バイクを走らせる信一は対向車のわき見運転を避けようとしてハンドルを取られ,バイクは転倒,二人は別々の方向に飛ばされた。

「いたたたた……そうか……私たち事故に遭ったのか……」
真央はあんなに激しく飛ばされたにも関わらず,幸いにも軽傷で済んでいた。

ー……あれ?信一は!?
まさか崖の下に落ちたんじゃ……

不吉な予感が真央の頭をよぎり,真央はあたりを見回した。

予感は当たりはしなかった。

信一はバイクから50mほど離れたところに座り込んでいた。

ーよかった……無事だったんだ。

痛む体に鞭打ち,真央は信一のもとに駆け寄った。

「真央……生きていたんだね……良かった……」

信一は頭からは出血してはいるものの,命には別状ないだろうと真央の目には見えた。

「ゴメンな,俺のせいでこんな目にあわせて……怪我はな……ガ……ッ!」

話している途中,信一は突然話すことがつらそうになった。
どうやら呼吸器系の器官がやられたらしく,息がしにくいのだろう。

「わ……わりぃ……俺……けっ……結構重症みたいだわ……」

あたりには,自分達二人と無惨にもぼろぼろになったバイクしかいなかった。わき見運転の人もいなかった。

「今すぐ救急車呼ぶから,待っててよ!」

一刻も早く救急車をと,真央はポケットから携帯を取り出した。

ボタンを押し始める真央の手を信一が制止した。

「俺さ……ッ……お前に言わなきゃいけないことあん……」

「何やってんの!?すぐ救急車呼ばなきゃ信一……」

それでも信一は掴んだ手を離そうとはしなかった。

「俺……どうしても伝え……なきゃ……いけないことが……」

さらに喋るのが苦しそうになり,言葉は聞き取りづらい。

「でも……この言葉言ったら……切れそうなん……だよね……」

「もうやめてよ!!これ以上喋ったら死んじゃうよ!!」

それでも信一は呼吸もままならない口から言葉を発するのをやめようとはしない。

「これ……言うと……切れそうなんだよね……」

「何が切れそうなの!?」

「でも言わな……カ……」

とうとう言葉を発せられなくなり,かっ……こっ……と苦しみながらも文字にならない言葉を必死で伝えようとしてくる。

そして,それまで悲鳴のように私の耳にこだましていた彼の息遣いがぱたっと止んだ。あたりが静寂に包まれる中,信一は最後に言った。

「大好きだよ……」と……

そういえばこの言葉,一度も言われた事なかったっけ……

静まった世界を,夕陽が鮮やかに染めていくのが見えた。

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