クローン

著:星新二

「・・・とにかく、クローン技術には何のメリットもないのです。まして人間のクローンを造るなど愚の骨頂です。私は・・・」
 広く蒸し暑いホールの壇上で、エヌ氏はスピーチを続けていた。
「こんな不条理なことが許されていいのでしょうか。人間はそれぞれ違うから価値があるのです。優秀な人間ばかりでは世界は成り立たないのです。それに・・・」
 エヌ氏の熱弁に、聴衆も熱心に耳を傾けている。時折ハンカチで額の汗を拭いながら、エヌ氏はスピーチを続けた。
「クローン技術があれば人間の生活は楽になると、賛成派の人たちは言います。しかし、そんなものは詭弁です。自分たちの行為を正当化するためのごまかしです。そんなものを鵜呑みにしてはいけません。でありますから・・・」
 エヌ氏はこれまで、一貫して科学技術発展に反対の立場をとりつづけてきた。決して妥協することなく、常にわかりやすい端的な言葉で自分の考えを訴えつづけてきた。その姿勢が評価され、彼は幅白い年齢層から支持されている。すべての聴衆があくびもせずにエヌ氏のスピーチに聞き入っている光景が、彼の押しも押されもせぬ人気を物語っていた。
「もう時間がないのです。今週末にはクローン技術推進法が国会で審議され、早ければ来週中に法案が可決されてしまいます。史上最大の暴君、大泉総理の横暴を許していいのでしょうか!」
 エヌ氏が勇ましい口調でそう言うと、聴衆から割れんばかりの拍手が起こった。その余韻を十分に楽しむように、エヌ氏はあたたかく微笑んだ。
 拍手の余韻がおおかたおさまったのを見て、エヌ氏は言った。
「長時間のお付き合いありがとうございます。最後にみなさまに言っておきたいことがあります。それは・・・」
 
 せまくてかびくさい研究室の椅子に、エヌ氏は座っていた。
「今ごろは私のかわいいクローンが蒸し暑いホールで熱弁をふるっているだろうな」
 となりにいるクローン3号に語りかけるように、エヌ氏は言った。
「クローンは本当に便利だな。面倒なことは全部クローンに押し付けて、自分はこうしてのんびりしていられるんだから。科学技術の進歩に感謝しなきゃな。なあ、3号」

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