二人の客
二人の客
ここは、昼間でもどこか薄暗いさびれた商店街。人通りはほとんどなく、近所の子供たちからは「幽霊商店街」と呼ばれて気味悪がられていた。
そんな商店街のいっかく一角に、その店はあった。ケーキ屋にはふさわしくないみすぼらしい外見。店員はわりと整った顔立ちをした若い女で、その女の退屈ぶりは女の口からひっきりなしに出るあくびによくあらわれている。事実、この店にはここ何日もケーキを求める客はきていない。
だが、めずらしくその日は一人のろうば老婆がケーキを買いにきた。腰のまがった、白髪だらけのろうば老婆だった。
「その、一番大きくて豪華なバースデイケーキをおくれ」
とろうば老婆が言うと、女店員は機械的な動作でショーウィンドウからケーキを取り出すと、てぎわ手際よく箱につめた。その様子を見ながら、ろうば老婆はうれしそうに言った。
「この歳になると、誕生日を祝ってくれる人なんかいなくてね。だから、たまには自分で誕生日を祝おうと思ってさ」
女店員が箱につめたケーキをろうば老婆に渡そうとしたその時、一人の中年女性がケーキ屋にかけこんできた。
「あ、あの・・・。すみませんが、そのケーキを私にくださいませんか?」
と、その中年女性は言った。それを聞いて、それまで穏やかだったろうば老婆の目の色が変わった。
「なにを言っておる!このケーキはわしが買ったのだ。お前に渡すものか!」
「そこをなんとかお願いします。今日は息子の誕生日なんです。夫が単身赴任から帰ってきて、今年は初めて家族そろって誕生日を祝えるんです」
「ふん!なにが子供の誕生日だ。こういう時にだけ子供の機嫌をとろうとするのが間違っているんだ」
「そんな・・・」
「わしは、あと半年しか生きられない体なんだ。最後の誕生日くらい自分一人で豪華に祝ってなにが悪い」
ろうば老婆の剣幕におされたように、中年女性はおし黙った。
しばしの沈黙の後、冷静になったろうば老婆は口をひらいた。
「わかった。では、こうしようじゃないか。今からこの娘さんに、わしとお前のどちらにケーキを売るか決めてもらう。よいな?」
中年女性は静かにうなずいた。
さて、困ったのは女店員である。彼女としては、病弱なろうば老婆の心情もわからなくはない。だからといって、子供のために誕生日ケーキを買う中年女性を見捨てたくはない。どうすればいいのだろう・・・。
さんざん迷った末、女店員は二人の客にこう言った。
「このケーキは、そちらのお母さんにお売りします。もちろん、おばあさまのお気持ちもわかります。しかし、誕生日ケーキを楽しみに待っている息子さんの顔を思いうかべるとどうしても・・・」
ここで、ろうば老婆はもういい、というように首をふった。そして、そのまま何も言わずにケーキ屋からはなれていった。中年女性も、ケーキの代金を支払うと女店員に一礼をして家に帰っていった。
その後ろ姿を見ながら、女店員は深いため息をついた。
あの人は、私よりも家庭を選んだ。やさしい妻とかわいい子供のいる家庭を。そして、やっとふくしゅう復讐のチャンスが私にめぐってきたのだ。あの中年女性が家に帰って家族とバースデイケーキを食べる時、あの人は死ぬのだ。バースデイケーキに毒を入れるというのは、我ながらいいアイディアだった。家族をまきこむのは胸が痛むが、それもあの人にとってはふりん不倫のだいしょう代償だろう。
バースデイケーキよ、ありがとう。 完
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