盗み撮り
白馬に乗った救世主
遅刻だ。俺は今、全力で走っている。しかし清々しさは全くない。
ズデン!
いってー。なんでこんなとこにバナナの皮が置いてあるんだよ!俺はあたりを見渡したが、バナナを食べそうな人はいなかった。でも一人、いや一匹の候補者。塀の上にバナナを持ったニホンザルが一匹こちらを見ている。
「キキッ」
「なんでこんなとこにニホンザルがいるんだよ、飼い主はだれだ!出てこい!」俺はこれでもかと言わんばかりの大声で叫んだ。その声は町内中に響き渡る。すると誰かが声に気づいたのか窓を開ける。
「うるせえ!何時だと思ってるんだ!」俺の声に気づいた寝付きの悪いおじさんが絡んできた。威勢はいいが血色の悪い禿げたジジイだった。ここで立ち向かって某クロアチア格闘家並のハイキックをかましてもいいのだが、時間がないので謝る事にした。
「すみません、そうですね、五時半です。失礼しました!」俺は只管走って駅に向かった。とんだ時間ロスだ。
俺は思った。ここで、白馬に乗ったオスカル風の人でも来て乗せてくれれば、良いんだが。
パカパカパカパカパカパカ。どこからか、聞き慣れない音が近づいてくる。俺は振り返った。
「お急ぎのところ失礼」後ろから宝塚調の深い声がした。
「本物?」
「私に本物も偽物もない」いや、あるだろ。
俺は夢かと思いほほをつねったが、現実だった。オスカル風の女性白馬に乗って現れた。驚きを隠せず言葉がどもる。
「は、はい。あなたは?いや、あの何でしょう?」
「駅を知りたいのだ、実はコスプレ大会があってな、友人と待ち合わせをする予定なのだよ」
「あ、それなら僕も駅に行くんですが」なぜだか彼女の姿と雰囲気に圧倒され普通に返事してしまった。
「なら、話は早い。後ろに乗って」
「え?」
「いいから」何が良いのか分からないが、言われるままに後ろに乗った。
「私のナビを頼む」
「はー、分かりました、駅に行くにはここを100メートルくらい直進。交差点を右です。そして50メートルくらい走って左へ曲がると駅が見えます」
「了解。いくぞーヒヒーン!!!」
あんたがヒヒーンって言ってどうするんだと思ったが生まれて始めて経験するような、朝からのハイテンション。思いも寄らぬ幸か不幸が俺を猛スピードで運んでいく。この白馬。速いがアスファルトを全力で走って蹄は無事なのだろうか。無駄な心配よりもまず、一応助けてもらっているのだから名前ぐらいは聞こうと思い聞いてみたのだが、回答は「礼には及ばない、通りすがりのもの」だった。ネタが古い。そうこうしているうちに駅が見えてきた。
「あそこだ、準備はいいか?」
「え?え?おい!」
ズデン!
いきなりおろされ、俺は尻餅をついた。
「たっしゃでな」
「いきなり酷いじゃないか」と文句を言おうとしているそばからいなくなり、駅員と揉めていた。多分、馬をくくりつけて置きたいとでも言っているのだろう。それにしても素晴らしい発声だ。これの為にボイトレも言ったに違いない。きっとあれを着ると人が変わってしまうのだ。
時刻を見ると、オスカル風のおかげで大幅にセーフだった。なんとか助かった。しかも次にくるのは通勤急行。楽勝だ。いつもはこんなに早くなく、寝坊もしないのだが、昨日は特別な理由があったのだ。彼女がなぜか遅くまでメールしたいと聞かなかったのだ。電話の方が早いのになぜだ!俺は早いと言うのに!
混んでいる。朝からおっさんに囲まれぎゅうぎゅうである。周りが水着美女だったら、今日のサラブレッドよりもハイテンションになれるかもしれない。
「キャー痴漢!」退屈が俺を食べようとした時、勇気ある女性の声。
まぁ次に聞こえるのはどうせ「俺じゃない!」だろうけど。
「すみません!俺がやりました」認めたのか。
周りの男がしっかり容疑者を押さえている。まさか自分で認める奴がいるとは思わなかった。その痴漢男のおかげで車内はものものしい雰囲気となり、退屈ではなかった。
駅に着くと、痴漢は周りの男とともに外へ出た。俺はこれで一件落着と思っていたのだが、甘かった。その男はどさくさにまぎれ、押さえ込んでいる男達の腕から逃げ、走り出した。そして、停車しようとホームに入ってきた電車めがけて飛び込んだ。聞き覚えのある台詞とともに。
「僕は、死にましぇーーーん」
キーーーーーー!
ドゴ、ドシャ。
けたたましいブレーキ音の後に響いたのは人がぶつかりはじける音だった。この痴漢のおかげで電車は大幅に遅れ職場にも遅れた。ついてない日はついてない。
和美
俺が職場についた頃にはロケが始まっており、俺は大目玉を食らった一応遅延証明書を持って良かったからこれくらいで助かった。遅延証明書持ってるんだからもうちょい寛容でも…
自己紹介が遅れてしまった。俺の名前は日本慎之助。小さい頃からニッポンと読まれ間違われるのでなれてはいるが、正しくはヒモトと読む。慎之助も古くさい名前だ。例えば合コンでは、名前を言う度に歌舞伎役者の芸名かと聞かれる。そんなわけなかろう。歌舞伎と言えば、市川と中村ではないか。最近の女子はそういうことも知らないから…。さて唯一、得した事は少し漢字を齧っている外国人が「オー!ワンダフル!ニッポンチャチャチャ!」と褒めてくれる時である。既に読み方を間違えているのだが、指摘しないようにしている。
かく言う俺は広告系のスタジオでプロカメラマンを目指して修行中なのだが、こういう理不尽な縦社会は相撲界並みなのだ。
「はぁ〜今日も疲れたな〜」俺は夜のネオン街を歩いた。別に何かを物色するわけではない。ただ単に写真の作品を撮ろうとしているだけだ。
「お兄さんお兄さん、どう?良い子揃ってるよ、安くしとくよ」すると横から水商売のチャンネーを管理しているボーイが話掛けてきた。
「止めときます」俺は一蹴した。
「そんなこと言わずにさー、そうだ!、お兄さん彼女いるの?」答えたく無かった。もちろん疲れてるのもある。しかし彼女の有無を聞かれて答えないと、彼女不在と思われるのが癪だったのだ。
「いますけど」意地で答えてしまった。
「良いなぁ〜名前は?」ここまで聞いてくるのか。
「は?」
「名前ですよ」
「いや、言う必要ないでしょ」
「良いじゃんいいじゃん、別に減るもんじゃないし、可愛い彼女なんでしょ?」可愛いはずだし、確かに名前くらいなら良い気がした。
「和美ですけど」
「和美ちゃんかぁ〜偶然だなぁ。実はね、ウチにも和美ちゃんいるんだよ」
ほら。
その男が見せたのは、A4の下敷きよりも大きめのカードで、在籍している女の子が一目で分かる。なかなか良い子をそろえている場所ではないか。そして俺は目を疑った。生まれてこのかた視力は1.5より落ちた事のない目で見る限り、彼女の和美と水商売の和美はそっくりだった。信じられない。源氏名が本名の子なんているのか?普通はレオナとかマヤとかエリカとかリンとかじゃなないか?それは俺の偏見か…
まさか、和美が…。
「お兄さんどうしたの?顔が真っ青だよ。あれ、まさか彼女とこの子一緒?彼女人気でさー、自然な可愛さじゃない。ほら他の子は少し派手だけど、この子は純朴そうな容姿がね。おじさん好きなんだろうなぁ。」
「おい、この子は店にいるか?」俺は血がのぼり、一気に駆け出した。
「いるよ、おいどこ行くんだ、止めとけ、けがするぞ!」男の言葉を降りきり階段を駆け上がる、俺の怒りのボルテージは最高潮。もう、誰に止められないスペインの猛牛。店に入るや否や和美!と叫んだ。すると和美と共に某韓国の格闘家よりでかく怖そうな黒人の二人が出てきたが、ここでひるんではいけない。身長差は三十センチ近くある。
「おい、和美をかえさんかい!われ!」お客が一斉に俺の方を向く。
決まった。
関西難波で鍛え上げた関西弁!関東の人間は関西弁の荒い口調に弱い。
「シンちゃん」化粧はいつもより濃いが、他の従業員に比べればナチュラルメイクで、店内のムードライトに当たっていつもより美しく見えた。
「なんて可愛いんだ。いや、間違った。何やってるんだ。話は後だ、帰ろう」
ドゴ!ドガ!
火花が散った次には目の前が真っ暗になった。
目を覚ました時には、町のゴミ箱に捨てられていた。おいおい、人をゴミ箱にすてる奴があるか。覚えているのは和美の手を取ろうとした瞬間、バスケットボールのように大きい握りこぶしが俺の頭に直撃した。簡単に言えばノックアウトだ。きっとあの黒人はイノシシや熊も殴り殺せるに違いない。それはそうとなんで和美があんなとこに。しかも和美を囲んでいるのは、バーコードやカッパのようなおっさんだった。悲しさと怒りが初めて混じった。痛い。顔が重い。俺は恐怖で自分の顔を触るのも嫌だった。
帰りの電車の中でも俺は和美のことばかり考えていた。こうなるんだったら、もっと和美とメールしてあげれば良かった。
時既に遅し。
「あはは」「あはは」
なぜか子供が俺を指差して笑っている。俺は次の駅ですぐさまトイレに駆け込み、自分の顔を確認した。お岩さん改めお岩くんだった。そうだ、俺は殴られてたんだ。顔が痛いというのも忘れるほど俺は心に傷を負ったバンビちゃんなのだ。
俺は顔の半分をハンカチで隠しながら歩いた。でもそうすると何も見えないではないか。すると改札口ではまだオスカルと駅員さんが交渉していた。いや、よく見ると交渉ではない。どうも今朝の交渉から交際に発展したと思われる。
「あはは」二人も俺を見て笑っている。俺はお前達の恋のキューピットだぞ!忘れるな!
人生何がおこるか分からないという言葉を吐けるのは世界でも今日の俺だけだと言える自信がある。
自分の家に向かう途中。人気の少なくなったとこで、今日のストレスを発散するかのように叫んだ。
「ちくちょー!!!」
「何時だと思ってるんだ!」おじさんのステレオスピーカーだ。
注意は良いが、お前らの方がうるさいではないか。俺は今日、苛立っている、クロスカウンターをお見舞いしてやりたかったのだが、生憎、心も顔も傷ついたバンビちゃんなので止めにした。
「はい、すいませっーん!」俺は謝罪に加え、子供のようにあかんべーをした。おっさん達の一人がナイフを投げてきた。俺は陸上選手になったように猛烈にダッシュし家路に着いた。
俺は布団の中に入っても全然寝れる気配が無かった。やはり和美のことが気になっていた。今は二時。よし電話しよう。俺は携帯を手にとり恐る恐るダイアルした。しかし、残念ながら話し中。二時に誰と話しているというのだ。次第に焦燥感が強まっていく。俺はその後数回ダイアルしたのだが、やはり話し中で、最後の一回には「電源の届かないとこに…」だった。俺は良い年こいて枕を濡らした。
高尾フイルムのカメラ
次の日の朝、俺は涙のせいで目が腫れぼったく、殴られた跡もあってお岩君だった。救いは仕事が休みということだ。気分が晴れない日に家にいるとなおさら陰鬱になるので、今日は酷い顔だが思い切って外に出た。もちろんカメラを持って。カメラを持っていると少し強くなった気がするのは、自分だけだろうかと考えてしまう。なんとなくふらついてると、行きつけのカメラ屋に入った。
「こんにちはー」
「日本君。らっしゃーい、なににしやしょう。今日は珍しい中古が入っているよー」ここの店主はなぜか江戸っ子八百屋調なのだ。
「今日は、ちょっとカメラが見たくなって」
「なんでい、良いカメラ持ってるのに、それ使ってあげないとー」
「あ、もちろん使ってますよ。でも気分的に違うのも使ってみたくなるんですよ」
「あー分かるなぁ。俺も若い頃はよく女を取っ替え引っ替えしてたなぁ」
似てるのかどうか分からないがとりあえずそれなりの返事はしておいた。
俺がウィンドウを順に眺めていると、インスタントカメラが豪華になったようなカメラが陳列してあった。手に取ってみると、コダックや富士フイルムとメーカーが違うだけで、ほとんど外観はプラスチックのカメラだった。唯一の違いは一眼式であること。インスタントのくせに3000円もするから売れなかったのだろう。メーカーは高尾フイルム。いかにも富士に対抗したようなネーミングだが、高尾山じゃ勝てないだろう。
「すみません、このカメラなんですか?」このカメラのことについて聞いたとたん急にイキイキし始めた。
「あ、みつけたんかい、いやーお目が高い。くぅー、きっと見つけられるのを待ってたぜ。よし二千円でどうだ!」お目が高いってのは普通値段が高いものに使うんじゃ…?
「いや、まだ買うとは」
「なに言ってるの、そのカメラすごいんだから」
「確かにインスタントなのに一眼式ですしね。しかしメーカーが…」
「それもそうなんだけどさ、そのカメラには秘密があってな」と言いかけたとたん、他のお客さんが入ってきた。
「へい、らっしゃーい、ちょいと待っとくれよ、すぐに話すから。でも絶対に人に向けてシャッター押すなよ」
「え、は、はい」
「いやーごめんね、あのひとごねちゃって」いや、二分くらいしか経っていない。二分で何をごねたんだろう。
「いえ、でもなんで人に向けてはいけないんです?」
「お、やっぱ知りてぇか」俺は耳打ちされた
「実はかくかくしかじか、ごにょごにょでね」
「すみません、かくかくしかじか、ごにょごにょじゃ分かんないですよ、漫画じゃないんですから」
「あ、そうだった!ついいつもの癖で。悪いね」どんな癖だよ。
「単刀直入に言うと、そのカメラは人の能力を盗めるカメラなんだ」は?何この人。
「え?」とりあえず信じられない。
「だから、ここだけの話さ。このカメラは人の長所を盗んで自分のものにしてしまうんだ。名付けて、盗み撮りカメラー」
店内のどこからか分からないが、ドラえもんの道具を出すパンパカパーンという音が流れてきた。
名付けたと言ってもそのままではないか。それに、ここだけの話と言われても普通の人は広まって知ったとしても、誰も信じやしない。
さらに店主はこう付け加えた。このカメラはフレーミングが非常に大事で、ちょっとやそっとじゃ使いこなせない。撮りたい被写体以外の人が写ると何にも得られない。さらに、恐ろしいのは盗まれた人はもう二度と、その能力が戻らない事だ。例えばだけど、100メートルを9秒で走る人を撮ったら、自分が9秒になる代わりに被写体の人は走れなくなる。これは善にも悪にも利用できる恐ろしいもの。ちなみに、36枚しか撮れない。だそうだ。また効果はがあるのは最初に手にした撮影者のみ。と付け加えた。本当にインスタントフィルムと同じ要領で作ったらしい。見込まれたかどうか分からないが、一応買って部屋に飾ることにする。
それから一週間、大したイベントも無く過ぎていった。和美とは依然連絡が取れない。家にも行ったのだが、留守だった。和美のことを意図的に忘れようとしていた俺がいる。そこでふと、先週買ったカメラが目に入った。本当に人の能力が撮れるのだろうか。俺は明日、頭の中身はニホンザルだが、腕は確かなカメラマン、神童龍を撮影する事にした。彼の「名前」だけは世界でも類い稀な格好良さである。ただ単に使うのは不安なのでネットで高尾フイルムを調べることにした。正式名称は高尾フイルム株式会社。社長は高尾高雄。俺並みに酷い名前だ。タカオタカオって…一応タカオクロームというフィルムも製造しているらしいが、どこの誰が使っているのか…。深く詮索するのは止めにした。
神童の腕
「神童さん。写真一枚撮らせてもらえませんか?」この言葉に皆がぽかんとしていた。
「は?何言ってんだ、俺は忙しいんだ。どけ」こいつは相変わらず、ニホンザルだ。いやゴリラかもしれない。写真の腕が良く無かったらオブラート並みに薄っぺらい人間だ。
「もちろん分かってます。神童さんが上手いのでちょっと参考にしようと思いまして、あ、でしたらライティングしているとこでも構いませんか?」
「あ?まぁ良いけど、そんな暇なことやってねぇで仕事しろ」よし!
「ありがとうございます」
すると同期が、近づいて聞いてきた。
「おい、どうしたんだよ、殴られて頭おかしくなったのか?」
「ちがうよ、素直になったのさ」
「今更だなぁ」
「まぁいいのいいの」
俺は予定通りそのカメラマンのライティング中に撮影した。しかし、なんにも変化は現れない。頭がすっきりするわけでもなく、センスが上がったとも思えない。もともとそこまで信じていなかったが、だまされたと思うと悔しく、結局、帰宅しても一向に効能は得られなかった。俺は腹を立てながら、床についた。
ところが朝起きてみると、自分の作品が大量に捨ててある事に気づいた。え?まさか!空き巣?俺はその可能性も否定できないと感じた。アパートの二階とはいえ網戸にして寝るのだ。冷房は体に悪いから寝る時はつけたく無い。高校生のときライブ前日に冷房をつけたせいで、当日喉を壊し散々な思いをしたからだ。あの時の事は今でも覚えている。当時好きな子を誘ったのに、酷いライブだったから、恥ずかしくて感想も聞けなかったのだ。そして、そのまま放置。しかも、その子は自分のバンドのドラマーと付き合っていた事を後で知った。あの時はさすがに盗んだバイクで走り出したかった。でも免許は無かったのだが。
しかし、空き巣なら普通金を持っていく、貯金通帳も持って行くはずだ。財布は無防備で机の上に出しっぱなし。だが、一銭も盗まれていない。となると、やはり俺しかいなかった。すると、自分の作品は自分で捨てた事になる。俺は一つの言葉が頭を過った。
夢遊病。
俺の中で面白そうな病気ナンバー1に君臨する疾患である。ただ、不思議なのは作品が200点近くあるうちの新しく綺麗にファイルしてあるものが20点あった。つまり、夜自分で選んだのだ。なるへそ。
よく作品を見返してみると、俺が勤務したての頃、神童に見てもらった作品ばかりだった。奴は偉そうにマシなのはこれだけだなと豪語していた。
まさか。
今朝は、いつもと違う気分で家を出た。もしかしたら神童のテクニックを盗んでいるのだから。駅に向かう途中、またオスカル風を見た。白馬の背中にはオスカル風と駅員さんが乗っていた。なるほど、清い交際を続けているわけだ。俺はそんな二人を横目に電車に乗り、会社へと向かった。
会社に着くと、周りのスタッフがてんてこ舞いになっていた。
「おーい、こっちもてんてこだー」
「こっちもだーてんてこ!」
そんな合い言葉知らないぞと思いながら、同期に聞いてみた。数パーセント予期していたに近い回答だった。
落ち着いて聞いてくれ、実は、昨日お前が早番で帰った後、神童と他スタッフが夜中まで残って撮影してたんだ。そしたら、終わりのほうになって神童が、急に倒れた。病院に運ばれたんだが医者も原因不明で脱水症状という見解だった。そんな中、今朝神童が一番にスタジオに来てライティングしていたら、いきなり発狂したんだ。できないー、フンガー!ってな。で、それ以来彼は事務所で毛布にくるまっているんだ。とんだ話を聞いた。これはカメラのお陰なんだろうか。これが本当なら、俺がこの後証明することになる。
「すみません、もうクライアント来ちゃいますね、どうしましょう」スタッフも大慌てで、アシスタントも代打を探しまわっている。そんな中、一人俺はぽつねんと考え事をしていた。俺が手を上げて撮りますと言ったらどうなるだろう。俺を起用してくれるだろうか。それとも門前払いを食らうだろうか。
「すみませんチーフ。俺に撮らせて下さい」
「寝言は寝てから言ってくれ」でも俺は粘った。自信があった。
「俺はここに来て神童さんに遣えてもう二年です。神童さんの技術を盗めたつもりです。」
「つもりじゃ止めてくれ」
「盗みましたよ。完全に。もし失敗したらクビをかけてもいいでしょう」
「なるほど、そこまで言うか。よし、おーいみんなカメラマン決まったぞ。探す必要は無い!」みんなが一斉にチーフの方を向いた。
「日本がやるそうだ」キョトンのあとはざわめきでスタジオが揺れそうだった。
「どうしてもやりたくて自信があるそうだ。みんな。期待しようじゃないか」チーフは俺を見ながらすこしにやけた。そして同期が二人ほど近づいてきた。
「おい、マジかよ。今日は大事なお客様だぞ」そう、普通は一番手の神童が撮影するはずだ。
「まぁ見ててくれよ、イチカバチか。かけてみるよ」
「カッコいい…」カメラマン志望の美香ちゃんの声が聞こえた。その声で俺のエンジンは一気にフルスロットルへ。
「坂本寅一さんはいりまーす」彼は世界を代表する作曲家であり指揮者でもある。生まれ持った絶対音感と音楽家一家に生まれた環境が彼をこの地位まで押しのけた。もちろん経歴もすごい。受賞だけで履歴書の経歴が全て埋まりそうである。代表曲「シャトレーゼのために」はあまりにも有名。
「本日撮影させていただきます、日本慎之助と申します。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。今日は神童さんじゃないんだ」やっぱきたか
「はい、神童は体調を崩してしまいまして」
「そう、なら新しい人なんだね、その方が良いよね新鮮で」
俺は、神童さんの得意なライティングで決めてみた。バックは黒。メイン、フロント、トップ、レフ、といたってシンプルで男性の場合は陰影を少し多めで撮っていく。
「はい、大丈夫です、おつかれさまでした」
俺は同期にもあちこち動いて助けてもらいながら、撮影は無事終了した。神童さんと同じように、パソコンでの作業をできるだけ少なくして、撮った時点での完成度を高くする。これが秘訣だ。
チーフが俺によって来て肩を叩いて言った。「できるじゃないか。みんな今日は日本に拍手おくってやれ」俺は照れながらも誇らしく、清々しい気持ちでいっぱいだった。やはり、あのカメラは本当だったのだ。
「すごいじゃん!、見直したよ。よく緊張せずにできたな。お前ができるんだから、俺もできるかもな」
おいおい。
数日後、神童は退社した。理由は体調不良だそうだ。俺は少し心がいたんだ。
告白
俺は頗る順調だった。朝の通勤もスキップが多くなった気がする。ロケ撮影も、スタジオ撮影も俺の力が必要とされた、そんな俺に神様からプレゼントが届いた。同期のカメラマン美香ちゃんから告白されてしまった。「好きです、付き合って下さい」どの職場でもそうだが、職場恋愛してしまうと、お互いを気にして仕事が手に着かなくなってしまう。しかも、オフィスのどこかでいちゃつくのも他の社員に対する印象は良く無い。しかし、俺は快く許諾した。
「いいよ。こちらこそよろしく!」熱い握手と抱擁を交わしたが、真夏の屋外だったので、我慢の仕合いだった気がする。美香ちゃんは専門大学出身で非常に快活な子である。しかも、頭も良く効き、飲み会でもいつも上手く立ち回る。確かに美香ちゃんを気になっていなかったと言ったら嘘になるかもしれない俺の意思の弱さ。和美がいなくなってしまった今、仕方ないことだった。それ以降、あまり職場にはばれないようにしているのだが、俺がカメラマンで彼女が補佐に回る時、どうしても口調が優しくなってしまうので、直すのが大変だった。帰る時は違うところで待ち合わせをして帰っていた。そのスリルも楽しさの一つだった。
「ねぇ、今流れ星見えなかった?」美香が目をキラキラさせて言った。
「え?うそ?どこ?」俺も一度だけ見た事があるのだが、見えた!という時にはもう無い。だから人の声に反応した時にはもう遅い。
「今日、ご飯食べにいくでしょ?」
「おう、そうだね、イタめしは?」
「イタめしとか古くない?」少し驚いた顔をした。
「そんなこと無いでしょう、イタめしはイタめし。じゃあなんて言うの?」
「え、普通にイタリアンとか」
「あ、そう?あんま変わらないって」
「全然違うよ、一昔前だね」
「そういやさ、神童どうしたんだろうな?」
「まぁいいか、あの人、噂によると糖尿とかの気があるんだろ?もしかしたら病気が悪化したのかもな、でもさ、神童がいなくなって雰囲気変わったよな。ピリピリストレス感じなくなったし。どうおもう…?」
「あ、ごめん、本当ごめん用事思い出しちゃった、先帰るね」
「え?せっかく集まったのに?」
「ごめん、また今度」彼女は走り出してしまった。
「え、おーい」一体何がそうさせたのだろう。神童という言葉に反応したのだろうか。
家に帰る途中、救急車がよく通った、なんだか不吉だなぁ。すると通過する度に「ワオーン」という声が聞こえた。あたりを見渡すと家の上に犬?らしきものが月に向かって遠吠えしていた。しかし、よく見ると犬ではなく人だった。俺は思わず声をかけた。
「すみませーん、なんでそんなとこにいるんですかー」
「あ、ごめんなさい、犬に似てました?実は飼っている犬が懐かなくて犬の気持ちになろうとしてたんです」遠吠えで犬になりきれるのだろうか。
家に帰ると、一通の手紙が届いていた。和美からだ!俺はシャワーのあとのビールを軽く無視し手紙に食いついた。
「しんちゃんへ、元気?きっと心配だよね。一つ話があるの。私のことは忘れてね。頑張って一流になってね。じゃ」
「和美――――――。わーーーーーーーー!」
これは何かの嘘だ、誰かが変ないたずらしてるに違いない。
「いたずらする奴は誰だ!出てこい!」
俺はその後数日、手紙を読む度にこうやって喚いた。
そのせいで、アパートの張り紙には最近野獣の真似をする人がいます。速やかに中止して下さい。と
実際、俺は自分ではどうすれば良いか分からなかった、毎日仕事をして美香や同期と会う事で、感情は段々薄れていくからだ。そもそもどこにいるのかも分からないのだから。
しかし、休日のある日、ふと冷静に考える自分がいた。手紙の封筒を見直すと差出人の名前も無ければ切手も無かった。つまりここから考えられることは、差出人は直接投函したということ。俺の住所をしっている人間。まず、本人の和美、同期の美香。自然に二択になる。和美本人か美香になるが、どちらも犯人とは思えない。だいたい美香なわけがない。謎だけが大きく膨らみ、不安も伴って膨張していく。どうやって解決するか、頭と腕の見せ所だ。
俺は休日に神童のところへ向かった。いきなり姿を消した神童なら何か知っているかもしれないと踏んだからだ。普段会社は個人情報保護法で住所等教えないのだが、「写真の勉強のため」という名目で教えてもらった。神童は比較的高級な雰囲気の家にすんでいた。インターフォンを押すと、奥から声がする。
「はい」
「株式会社フォトグラファーオールスターズの日本慎之助と申します」
「神童龍さんはいらっしゃいますか」
「はい」
すると数秒後、ドアが開いた。それは今までの神童龍とは違い、まさしく別人。痩せこけ、髭は生えっぱなし。まさかここまで変わってしまうのか。
「神童龍様でいらっしゃいますか」
「いえ、僕は神童翔です」やっぱ別人かい!俺は龍って言ったぞ、なんで翔が出てくるんだ!
「すみません、龍様は…」
「ちょっと待ってて下さい」
次に出てきた人も同じような容姿だったが確かに往年の龍の面影はあった。
「なんだ君か」
「お忙しいところすみません、少しお話したいことが」
「俺は無いんだが、どうしてもと言うなら、上げよう」
容姿はこけても高飛車で無神経なところは変わっていない。
「どうしても。です」
「分かった。上がってくれ」
神童の部屋は綺麗だった。部屋には様々な写真が飾ってある。しかしながらこんな大きな家に、なぜ弟と二人暮らしなのか気になる。
「あいつは俺の弟、絵描きなんだ」だからあんなに容姿が浮世離れしてるんですねと言いかけたが、気分を壊す意味も無いのでやめておいた。
「で、何が聞きたくてここへ?」
「あ、それなんですが」ここまで言いかけた時、神童は遮るようにこう言った。「俺が辞めた理由を聞きにきたんだろうが、俺はもう関係ない。残念ながら引き取ってくれ。可愛いお姉ちゃんを紹介してくれるなら、話は別だ」俺はアドレス帳と写メを見せてこれです。と見せようと思ってしまったことに情けなくなった。
「それもそうなんですが、実は不可解なことがありまして。僕の家に手紙が届いたんです。差出人の名前がなくて、こんな文章が」
神童はこの手紙を見て、こう言った。
「なるほど、お前は美香にはめられている」何を言っているこのおっさんと思いつつも、自分で疑っていた犯人と名前が同じ事にすこしドキドキした。
「お前、美香から愛の告白をされなかったか?」
「はい、されました」
「だろうな、はっきり言えばお前を潰しにかかっている」と同時に俺は画家ムンクの「叫び」のポーズに入った。
「おい、ムンクのポーズをするならこうだ」確かに神童の方が上手い、というより、俺は手が逆だったようだ。
「じゃ、じゃあどうすれば?」
「お前も潰される」
「お前も…?」
「俺は美香に潰された。俺が辞めた理由は美香が俺に働いた悪事だ。俺もあんな才色兼備な女だからヤッホッホーイ!と付き合ったが、俺の知らないところで破壊活動を行っていた。俺がいつも使っている食堂の机の醤油を全部ソースに変えたり、ロッカーから大量のエロ本が出てきた。しかも洋モノ。俺は断然日本人派なんだ。それだけじゃない、俺の寝言を録音して紙に刷りだして、ロッカーに張り出したんだ。もうあんまりさ、あんなことされて残れるわけが無い」
地味なことから、嫌な事まで隈無くされている。確かに辞めたくもなるが、なぜ美香はここまで神童を追いつめたのか。
「では、神童さんはなぜそこまで嫌がらせをされたのだと思います?」俺は少し事情聴取の刑事並みの雰囲気で聞いてみた。
「多分だが、美香は優秀だ。カメラマンにもなれるし、アシスタントにしておくにはもったいないくらい気が回る。はっきり言ってお前とは月とスッポンだ。それに、上司はプロデューサーの才能もあると言っていたし。器用だからな。だから会社側としても、撮影は俺やお前に任せ、頭を使うものは美香にやらせたかったのさ、でも美香はカメラマンになりたかったんだ。いわゆるサイレントジェラシーさ」
「サイレントジェラシー。どこかで聞いたような。そうか、なら納得いきますね。俺と神童さんを妬む気持ちは分かる。すると、美香は俺に精神的ショックを与えるためにわざわざこの手紙を」
「俺の予想だが、その和美って女もはめられる可能性あるぞ。美香が和美っていう女をなぜ知ってるかだ。お前、今から行ってこい」
そう言われてみれば、そうだ、和美が危ない。俺は一目散に神童の家を出た。そして走った。これぞ、青春映画のまっただ中、くぅ〜カッコいい。俺!そんな姿も一瞬だった。
ズコ!
「痛!なんだよ、またバナナかよ。誰だよこんなところにバナナ捨てる奴は。出てこいや!メタセコイヤ!」
「おい、てえめぇ、誰に口聞いてんだよ」来たな。こんなところで怯むわけにはいかん。今度こそ、クロスカウンターを決めてやる。
「んだと、こらぁぁぁぁ!」
俺は振り返り、堂々の威勢だったはず。まさに威風堂々。
しかし威勢もたった一秒。なんと相手は様々な鈍器を持ち合わせた筋金入りのワル。中国の家電製品並みの不良だ。このままでは分が悪い。俺の脳裏によぎった言葉は「威風堂々」ではなく「逃げるが勝ち」だった。
「ちくしょー、今日はこの辺にしてやるぜ!バイビー!」
「待ちやがれ、おらー!」
待てと言われて待つ奴がどこにいるんだ。俺がジャマイカ選手のような俊足を持ち合わせていれば。いや、若しくはいつかの朝のメシアが来てくれれば。
「メシアー!」
駄目だ、来る分けない。どうしよう。そう思った時、なんとあんな所に交番が。お巡りさん、いるじゃんか。よし、駆け込もう。
「おまわりさん、助けて」
ゲッ!人形。用がある方はボタンを押して下さい。俺は焦ってボタンを押していたが、一向に現れない。あぁやばい。最大のピンチにも関わらず、不良は追って来ない。交番の前で動揺している。なんと、ダミーだと気づいていないのだ。おっしゃ、筋金入りのバカだ。俺は人形を本物に見せるべく、必至で方を揺すったり、話しかけたりした。そうこうしている間に本物の警官がかけつけ、事情を話した。
「かくかくしかじか、」
パーーーン!!!
彼らをいきなり発砲した。
「でーーーー!おまわりさん、良いんですか撃って!」
「あぁ良いの良いの、足を撃っただけだから死んだりはしないさ。二度と悪さできないように、腕も…」
「止めてくれ、そこまでしちゃだめだよ。彼らも完全に反省してますし」
「そう、なら良いか、気をつけて帰ってくれ」
俺はなんだか怖くなって和美のいる店へ向かった。
再会
和美の店はロイヤルストレートというお店だ。俺は二の足を踏まないように、低姿勢で構える事にした。まだ、店内の準備が出来上がってないようで薄暗かった、そしてぞろぞろとキャップを被ったスッピンのお姉さんが入ってくる。すると、俺を勧誘したボーイさんを見かけたので、声をかけた。
「すみません」
「あ、あのときのジャリボーイ!」
「ジャリボーイはないでしょう。ところで和美は、どこへ?まだ来てないんですか?」
「和美ちゃんは辞めたよ」
「え?じゃあどこに」
「さぁ、分かんないけどあんたが押し掛けてきた一週間後くらいかな、実家に帰りますとか言って。なんかすごい暗い顔してたけど。本当に実家かどうか具体的には知らないよ。それより今開店準備で忙しいから、帰った帰った。」
「分かりました」
和美はどこへ?
とりあえず俺は和美の実家へ向かう事にした。
和美の家は電車で三十分くらいの場所にある。大学の仲間の一人だったので比較的近いのだ。大学の写真部で俺はそのままスタジオに就職。彼女は不景気で納得いく就職先が見つからなかったので、大海原専門学校へ行く事にした。その後、少し会わなかった隙にキャバクラ嬢になってしまったのだから。一体彼女に何が起きたのだろうか?生活苦か?そうこう考えているうちに、俺は和美の家に着いた。
ベルを押したが返事は無い。もう一度押した。すると声がする。和美ではなく、母親だろう。俺は着ていたシャツの襟を整え一秒深呼吸をして、名前を告げた。
「日本慎之助です、和美さんはいらっしゃいますか?」
「あ、慎之助君?和美なら部屋にいるわよ。ちょっと待っててね。和美。慎之助君よ」
「もうすぐくるから少し待っててね」
インターホンでのやり取りが終わると、二分後和美が出てきた。
「あがって」
見た目は何の変化も無い。ただ、少し顔に覇気がなくなっていた。きっと酷い事をされたに違いない。俺は気まずかった。黒人にぶっ飛ばされたあげく、そのあと放ったまんまだったからだ。助けにいくべきだった。しかも美香と付き合ってるなんて当然言えないし、なんて浮気者なんだ。この最低やろう。俺は和美の部屋に着くまでの階段を昇る間、そんな事を考えていた。部屋に着いても数分沈黙が続いた。俺が部屋を見渡していると、和美から第一声。
「今日はどうしたの?」俺は正直に言う事にした。
「どうって、俺は心配してたんだ。手紙まで残していたし。それにあんなところで働くなんて。酷い目に遭わなかったのか?」
「え?あぁ、あの時しんちゃんがボディーガードにぶっ飛ばされて心配だったんだけど、仕事の合間で抜けれなかったの。ごめんね」和美は特別心配そうではない。
「だから、その仕事の事でさ、なんであんなとこで働いてるんだ?生活苦?それとも退屈な生活に飽きた?若しくは、刺激が欲しくなったのか?」
「え?どれも違うよ。そう、言ってなくてごめん。全然そういうのじゃなくてさ、私専門通ってるじゃない?で、ある研修で教材費が少しかかるんだ。でも親に出してもらうの悪いから、短期間で働けるバイト探してたの。もちろん親には内緒だけど」
「いや、でもキャバクラはさ」
「違うの、あのキャバクラは特殊で、地域密着型であんまりギスギスしてないんだ。危険じゃないよ。あそこは」結構あっけらかんとしていて驚いた&少し苛ついた。
「おい、俺はめちゃくちゃ心配したんだぞ!そういうバイトするなら言ってくれよ。な?だれでも勘違いするし。まぁ何事も無かったから良かったものの。」「ごめんなさい。そういうつもりじゃ無かったの。きっと教材のこと言ったら、しんちゃんのことだから少しお金出すんじゃないかってのもあって。自分の力でなんとかしたかったし。ごめん」肩を少し落とし本当に反省している様子だった。
「確かに、和美のプライベートだから他人の俺がどうこう言う事は変だけど、無事だったなら、もういいよ」
「ごめん」
あぁ、可愛い。強く抱きしめてFly awayしたい。しかし、特別そんな勇気はなく、和美と俺はしっかり和解し、俺は今までのいきさつを話した。和美は色々あったんだねぇという顔をしていたが、まぁ良い。つまり神童や俺のようなカメラマンに嫉妬し、はめようとしている女が美香なわけだ。とりあえず俺は和美とともに作戦を練る事にした。その前に…。
俺は仕事の終わりに、美香を呼んだ。手紙を出した犯人や神童の件に関してもっと間接的な方法があったのだろうが単細胞な俺は思いつかなかった。ちなみに和美には美香と付き合ってしまったことは言っていない。俺はストレートに聞いてみた。
「なぁ美香。この手紙出したの美香だよな?」
「え?何の事?」確信が無ければこの表情から見破る事は難しいだろう。
「とぼけないでくれ、今までの美香の行為は俺をはめようとした。そして神童を辞めさせたのも美香だろ?理由は分からないが」
「あ、そ。でもさ。よく考えてよ。神童が辞めたのは慎之助のせいじゃないの?」美香はにやっと笑い、続けた。
「だって、神童のスキル奪ったのあなたでしょ?あのカメラで。慎之助が酔っぱらった時、私に言ってたよ?なんでも人のスキルが盗めるんだってね。自分のせいなのに私に責任押し付けるの酷くない?それにこれでしょ?慎之助の持ってるカメラって」
俺は目を丸くした。確かに俺のカメラだ。ロッカーの中に入れておいたのに。俺が浮かれて地に足がついてないときは大抵大きな失敗をやらかしている。ほら、今も少し浮いているってことはないが。まるでホバークラフトだ。どうする俺?そんなコマーシャルもあったな…。
「じゃ、早速盗ませてもらうね?私なんにも悪いことしてないのに私を犯人扱いしたバツね。それに慎之助が神童なみの能力を持てるわけが無いの。あんたがメイン張ったときから、なんかあるなぁって勘ぐってたんだ。そしたら案の定でしょ。それにアシとしてもどんくさいしね。もう役に立たないよ。さようなら」笑いながらファインダーを覗く。可愛い顔が一気に鬼の形相。
俺は逃げようとしたが固まっていた。
「おい、マジかやめろ」
ニヤ「止めない。さようなら」
パシャ!
「じゃあね〜」美香は足取りを軽くしその場を後にした。
俺はその場に尻餅をついた。情けない。これで俺の技術は消えちゃったのか。あ、あぁ、あぁぁぁあぁ!俺の仕事がぁぁぁ!俺はとある少年のように猫型ロボットを呼びたくなる。がっくりと肩を落とし、フラフラとする頭を自分の腕で支えながらとぼとぼ家路に着く。帰り道頭の中で考えていることはこうだ。
早く辞表を出すわけにはいかないので、とりあえず、急性胃腸炎ということで一週間ほど休む事にする。知り合いに医者がいるので診断書を書いてもらう。もちろん嘘。本当はこれから精神疾患になるはずなのだ。だから急性胃腸炎にしなければよかったと思ったのだが、精神疾患は復帰不可能と思われる可能性が高そうなので止めよう。
家に帰ると、和美がご飯を作っていた。あれ?今日来る日だったか。
「なぁ、今日学校じゃなかったの?」
「学校だったよ」
「でもなんでこんなに早く?いつも勉強の為に自習するんじゃ」
「今日はいいの、ねえ一つお願いがあるのー」
「何?」
「今日から私ここに住みまーす」あっけらかんとしている。
「え、なんでいきなり」
「だって、学校はしんちゃんの家からの方が近いんだもん。バイトもこっちで見つけるの。それにもうバリバリ稼いでるしんちゃんをサポートしたいの」
あぁ、ありがたいのだがなんてタイミングの悪い。丁度今日から長期休暇だというのに。言いにくいなぁ。親にエロ本の確認されたのを聞くくらい言いにくい。
「なぁ、俺さ、もう写真できないかもしれないんだ」
「へ?、ちょっと待って。もう一回言って」和美は食器棚から一枚のお皿を持ってきてこう言った。
「だから、もう写真の仕事できないかもしれないんだ」
ガシャーン!
皿が綺麗に四方八方に飛び散る。
「おい、演出が細かいよ」当の和美は呆然と立ち尽くしている。
「おーい和美」漫画では手を目の前で振っても全然気づいてくれないなんて演出もあるがそのとおり、和美は手を振っても動かない。こうなったら仕方が無いので気づくまで放っておいた。俺は、飯を食べ、風呂を沸かし入り歯を磨いて寝る準備をするところだ。しかし、和美は一点を見つめたまま微動だにしない。さすがに心配になって脈を触ったが、動いている。俺は仕方なく、布団に入った。
「明日から求職かぁ〜ふぁぁ〜あ、おやすみ」
ドドドドドドド!ドドドドドドド!ん?ジュマンジか!?
「ねえ、どうして働けなくなっちゃったの!?」和美が駆け足でベッドに飛び込んできた。ヘッドスライディング!セーフ!
「和美、ドンドンするなよー、ジュマンジかと思っただろ」
「ジュマンジだったら賽子必要でしょ?無いんだから無理よ」
「それもそうか」
「じゃなくて、どうして写真続けられなくなったの?、目が悪くなったの?怪我したの?自分探したいの?見つからないよ。あぁいうのは馬鹿な人がするんだよそもそも自分なんて…」と、いろいろ可能性のある事をまくし立ててきた。ここまでフィーバーする和美も珍しいので、真剣にはなすことにした。しかし、信じるだろうか?
「実はな、よく聞いてくれ」
「うん」だんだんと深刻そうな顔になってきた和美の顔。
「俺、写真技術を盗まれたんだ」
「え、どゆこと?」
「つまりだ、信じられないだろうが、俺の今まで培った技術を盗んだ奴がいるんだ」
「だって、写真界って先輩の技術を見て盗むんでしょ?それなら当たり前じゃない?」
「それはそうなんだが」俺はこれ以上話しても質疑応答の堂々巡りなのでいきさつを話した。
「実は、かくかくしかじかで」
「え、じゃぁその美香って女がしんちゃんを撮ったから、技術が無くなったって言うの?」
「そうだろう。」
「でも、それ以降試した?」
「何を?」
「だから、仕事してみた?」
「いや…」
「じゃぁ分かんないじゃん。あ、もしかして、働きたく無いの?嘘付いてるんじゃ…」
「おい、そんなことあるわけなかろうもん」
「なら一回試してみなよ。もしかしたらそんなの嘘かもしれないじゃん」
「でも俺は実際使ったんだ。そしたら神童は会社を辞めた…」
「それは、美香っていう女とのいざこざがあったからでしょ?」
「そういえば…そうか、やってみる価値はあるかも…」
変なところで気づかされるものだなと感じた。そもそも技術が盗めていたのだろうか?真偽はいかに!
挑戦
一応診断書を書いてもらって一週間は休んだ。その後、俺はスタジオの中にいた。周りは何も知らない。美香だけが真相を知っている。会社に入ったとたん同期の吉田以外はなんともないように動いている。そして予想したとおりメインは美香だ。彼女の思うように事が運んでいるようだが、そうはさせない!俺がなんとしてもメインになってみせる。盗まれていなければ。
「あれ?日本はエイズじゃなかったのか?」ひどいなチーフ!
「そんなわけないでしょ、俺は健全な性の営みしかしませんよ」
「そうか、それはよかった」
「それはそうと、今日撮影したくなりまして」
「撮影?まぁ良い美香のアシやってやってくれ」
「そのことなんですが、俺がメイン張ることはできませんか?」
「日本が休んでから、美香がメインってミーティングで決まったからなぁ。当分は美香だろう。まぁそのうちお前さんに変わるかもしれんさ、それに小さい仕事ならあるんだ。やってくだろ?今日はネットの商品撮影が入ってる」
「わかりました、ではお願いします」
俺は緊張していた。小さいブツ撮りでも技術は必要だ。この花瓶か…。
「久しぶりじゃん、慎之助くん」
「美香…、何しにきたんだ?」
「いや、たまたまここを通っただけなんだけどね。休むってチーフから一週間休みって聞いてたからどうしたのかなぁってさ」
「別に、関係ないだろ、美香は美香の仕事をすればいいじゃないか。俺はとりあえず目の前にある仕事をこなすだけだ」
「写真撮られてるのは知ってるでしょ?あんたは仕事はできない」何も言わなかった。俺は店主の言葉を思い出したのだ。
「効果があるのは買った本人だけだ」
しかし、定かではない。その現場に立ち会うまでは。
俺は花瓶を置きライティングをセット。カメラはGX680にデジバック。フジノンの描写がたまらない。流石老舗メーカーだけある。そして露出を測り撮影。なんの滞りも無く撮影は終わった。この撮影結果は美香の敗北を告げるサイレンだった。やはりあの店主の言った事は嘘だった。そして、俺が神童の撮影術を盗み、辞めさせたというのも。俺は控え室に美香を連れていき話をした。
「美香、これが結果だったとくに撮影に問題はない」
「なんで?なんであんたが撮影できるの?私は念を押して二回もシャッター切ったのに」
「残念だったな。俺は撮影前、あのカメラを買った店主の言葉を思い出したんだ。買った本人以外は効果がない。まさにその通りだった。美香よ。俺は間違っていた。努力無しに人の能力を盗むなんて考えるべきではなかった」安易だった。俺が。いや、お互いか…。
「そんなことない!」
「そのカメラ、返すんだ」
「嫌!そんなこと言ってまたあんたがつかうんでしょ」
「違う。俺は店主に返す。もう俺には必要ない。自分の努力でなんとかするさ」
「なら私も着いていく、信用ならないから」
「いいだろう」
真事実
俺らは仕事帰り、例のカメラ屋に立ち寄った。そこはあの時のように陰気くさい匂いとカメラが沢山置いてある。あの時と変わらない。
「すみませーん」
「へいらっしゃい!」店主はいつものように口調が江戸っ子である。
「あの、すみません。このカメラをお返ししたいのですが」俺は鞄の中からカメラを出した。もうこれを巡る戦争は良くない。
「あーあー、君かぁ。でも返品は困るなぁ。このカメラなんか不満でも?」
「いや、お金はいいんです。要らないです。その…。かくかくしかじかで」これを聞いた店主は笑い始めた
「いや、そうかいそうかい。実はね。言ったと思うけど、これを買った人だけしか効果がないんだ。そりゃ分かるだろ?ここは中古カメラ屋。つまり、あんたが初めて買ったわけじゃない。だから効能なんてもともとないのさ。ハッハッハ!」
俺はちびまる子の顔の血の気が引くシチュエーションがようやく分かった気がする。隣を見ると、美香の顔も顔面蒼白だった。もちろん俺も。
「そうだった…」
「おいおい、大丈夫かい?真っ白だよ。さ、さ、この椅子に座りな」
俺たちは一体なんのために戦ってきたのか…。あの必死の思い。返して欲しい。特に美香は神童や俺をおろしてまで躍起になっていた。
「後から聞いた話なんだけど、これが本当に人のスキルを盗めるカメラかどうか分からないのが現状なんだ。多分開発者はもういない。楽してスキルを高めようとする若者が増えたから、自分で努力させるために作ったんだとか。まぁただの噂だけどね!」
俺たちは写真用品を見ずして帰る事にした。
パシャ!
「美香。じゃまた明日」
「うん、さよなら。おつかれさまでした」
数ヶ月後
俺はなぜだか編集社にいた。きっとこちらの仕事の方が合っていたんだろう。和美とは同棲して仲良くしている。一方、美香は転職しキャリアウーマンとして商社でバリバリ働いている。
俺は朝食を食べながら、朝ヒマラヤテレビをつける。「昭和の香りフォトスタジオ」という特集をやっていた。
レポーターが店内に入ると、すこし昭和の雰囲気ただようスタジオで、店主がでてきた。
「へいらっしゃい!」このかけ声にレポーターは少し怯んだ様子。この声どこかで聞いたような…。
「昭和の香り漂うフォトスタジオということで、なぜこのような雰囲気の店舗を立ち上げたのですか?」
「そうですね、やっぱこの不景気に、元気のあった時代の雰囲気で写真撮ったら気分よくなるでしょ?そういう写真って良い笑顔がのこるんですよ。自分たちの懐かしかった空気感を大切にしたくて」
「なるほど、では、昭和の時代を謳歌した方々が中心の訪れるのですか」
「わけぇやつもこの雰囲気に誘われてきやすよ!良い笑顔してるんすよねぇ」
今までよく見なかったが、眠気眼をこするとこのスタジオの店主はカメラ屋のおっさんだった。
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