白ゆりの黒

著:いあや

 ここは、深い森の中。

 僕は、この森で迷ってしまったのだろうか?
 心配になりながらも、来た道を戻るように進んだ。

 突然、道がふたつに分かれた。

 ちょうど道の分かれ目には黒い猫がいた。
 まっすぐに僕を見つめてくる。まるで、僕を待っていたような。
 僕は、不思議とその黒猫に引き寄せられてた。
 まるで、猫の明るい黄緑色の目が僕を呼んでいるような。そんな感じがした。

 僕は無意識に黒猫に笑いかけ、頭をそっとなでてやる。
 「かわいいね。首輪が無いみたいだけど……。君も、迷子…?」

 「……」
 自分で言葉を発しておきながら、驚いた。
 いつもなら、猫に話し掛けるなんてありえなかったから。
 なのに、今。確かに僕はこの黒猫に話し掛けた。

 なんだか、懐かしい感じがした。

 当然黒猫は、何も返事を返さない。
 この瞬間が、何故かたまらなく懐かしく感じて。
 
 ふいに、ひとりたたずむ女の子が頭をよぎる。
 なんだったかな。思い出したい。あの時を。

 ふっと、我にかえる。今までそこにいたはずの黒猫はいなくて、何だか少し残念になる。
 でも、よく見れば黒猫の代わりにはだしの足があった。

 「……っ」
 その足のをたどって見上げた先には、少女がいた。
 黒いワンピースの、女の子。
 でも、黒い猫の耳と尻尾は残ったままだった。
 片手には、黒いゆりを持って……。

 「き、君はっ」
 僕は驚いて立ち上がった。
 頭から、浮き上がる。場面場面が。破片のように。

 白いゆり畑。黒いゆり。黒いワンピースの、女の子。
 思い出した。あの日。僕は―――。

 君は、あの時の子なのか…?

 その子は、僕の心を読み取ったようにこくんとうなずいて、一粒。きれいな涙を流した。
 まるで、僕を懐かしむように。

 僕は、また何も答えてくれないだろうと思いながら、そこの子に話し掛け始めた。
 やっぱり、何を聞いてもその子はただ優しく笑っているだけだった。 

 「君は、よくここへ来るの…?」
 その子は笑いながらこくんとうなずく。
 僕は少し驚いた。でも、嬉しかった。 

 「僕は、この深い森に慣れてないみたいで…。迷った、みたいなんだ。
  ここから森の外に出る道を、どっちか教えてもらいたいんだけど…。いいかな?」 
 その子はまたこくんとうなずき、左の道を指差した。

 「ありがとう」
 僕は、僕に出来るだけのやさしい顔で笑って見せた。
 もう、話す事がなくなってしまった。そう思うと、少し辛くて。笑ってみたんだ。一生懸命。優しく。
 左の道に進もうとして、立ち止まり、振り返る。 

 「君も、一緒に―――」
 その子は哀しげに首を横に振る。
 そして、柔らかく笑って。手を振った。
 ―――サヨナラ―――

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