自由を求めて
見とれるように夕焼けが綺麗な中、幼い私は、暗く深い森の中を逃げていた。小汚い服を身に着け、短く茶色いグシャグシャの髪を揺らしながら・・・
後ろからは、ニヤニヤと怪しい笑みを浮かべた数人の男が一台の車で追いかけてきた。
森の中、獣道を私は走った。息苦しさと恐怖に支配されないうちに逃げたかった。
しかし、疲れからか、足元がふらつく。
あっ!!と思った瞬間、私は、石に躓いて転んだ。追いかけてきた車が排気ガスをばら撒き、音を立てて止まった。
逃げないと・・・!!
膝から血が出た。噴出すように・・・。
私の足は、私の言う事を聞かない。立ち上がろうしてもガクガクと震え、お尻は、地べたから離れようとしない。
車から、降りてきた一人の男は、私に手を差し伸べる。
私は、逃げられないの・・・?
そんな風に思った。しかし、私の唇からでるのは、違う懇願の言葉・・・
「お願い、殺さないで」
男は強い眼差しを私に向けた。
これは、何年か前のことだ。今、私には、国籍も与えられ豊かな生活。普通と同じ生活をしている。
その時は、まだ知らなかった。
私は、人間であって人間でない。十六年生きてやっとこの言葉の意味が理解できるようになった。
私には、母親がいた。母は、私が逃げたあの日に死んだ。しかし、父親がいなかった。昔、死んだとかそういうのでは、なくて存在しない。私の母親は、処女だったのだ。それは、科学的にも証明されている。私は、確かに母親の血を受け継いでいる。SEXしないで子供を生んだのは、聖書にいる聖母マリア様くらいだろう。
私の名前は、そこから取られたのだろう。私は、マリア。昔は、サンプルだの、神の産物だの言われてた。
ベッドの上でゴロゴロとしていると、ドアからノック音が二回、聞こえた。
いつもの検査だろう。
人並みの生活で、国籍があっても自由にならない事、それは、外に出ることだ。
「マリア、起きているかい?」
テノールの男性にしては、高めの声が聞こえた。マリアは、軽くため息をついた。
「寝てるって言っても検査は、するんでしょ?博士?」
鍵の開く音がした。ゆっくりとした足音が近づいてくる。
マリアの視界に白衣を着た男が入ってきた。男は、二十代くらいでまだ若く、肩までの茶色い髪を一つに括っている。瞳は、優しい青を帯びていて肌は、不健康なくらい白い。
「博士じゃなくて、名前で呼んでくれないかな?」
苦笑まじりで男は言う。
「あら、実験体、もしくは、サンプルに名前を呼ばれたいの?」
ふぅと博士は、ため息をつくといつものように注射針を医療用具から出した。
「君と仲良くなれるのは、いつかなぁ?」
マリアは、クスリと笑う。
「私を逃がしてくれたら、名前、呼んであげてもいいかな?」
十六になったマリアは、実に魅力的な女性だ。当初、茶色だと思われていた髪を綺麗に洗い流すと金色の光を放つ美しい髪だとわかり、更に反抗的な黄色い瞳からは、意思の強さからか、ただの光の反射なのか、金色に猫のように光るのだ。
「そうなったら、僕は、仕事を無くして路頭に迷うことになるな」
血を取られ、検査を一通り終えるとお昼ご飯が運ばれてきた。
パンにチーズにスープ。
ありきたりなメニューだ。
あれから、マリアは逃げようとしたことがない。夢で追いかけられるのをよく見るからかもしれない。追われて刻み込まれた恐怖・・・
そして、自分が逃げたせいで目の前で母親が殺された。罪悪感が募った。
しかし、それとは、裏腹にマリアは逃げようとしている。母親から死ぬ前まで言われた言葉・・・
「逃げなさい・・・貴方は、私の子供だけど貴方は、貴方なの!貴方は、私のようになっては駄目なのよ」
血を吐きながら言った母親の最後の言葉だ。
昼食を食べ終わるとマリアは、ごろりとベッドに横になった。散らばるようにして長い金髪がベッドに広がる。
いつの間のか、博士の姿がなかった。
マリアは、深くため息をついた。
「逃げなさい、かぁ・・・・どうすれば良いのかわかんないんだけど・・・?」
マリアは、ここが何処かわからないのだ。ずっと部屋から出ていないから・・・お金の使い方も分からなければお金も、持っていない。
マリアが知識を手に入れるのは、部屋の隅にあるテレビしかないのだ。
部屋には、いつも鍵がかけられ、窓は三分の一程度しか開かない。しかも、マリアがいるのは、三階で飛び降りる勇気もない。
退屈な毎日だけが続く。
そんなある日、遠い国で自殺がブームになっている事を知った。
マリアの部屋のは、刃物などは、勿論なくドラマで殺人物を見て研究した。
道具がなくても退屈から開放される方法・・・
試しにマリアは、自身の舌を噛んだ。鉄の味が広がる。それと同じくして痛みが・・・
退屈な毎日から開放されると思った。これで、終わりだと・・・
しかし、違った。
マリアが次に目を覚ましたのは、白い部屋。医療器具が並び、白衣をきた人間が動き回っていた。
「ここ、何処?」
状況が理解出来ず、視線が彷徨う。
声に反応したかのようにその場にいた全員がマリアの顔を覗き込んだ。
「マリア?」
声を掛けてきたのは、博士だった。
「ん?」
マリアは、めんどくさそうに返事をした。
博士は、息をゆっくりと吐き出すとニッコリと微笑みながら言った。
「良かった。なぜ、あんな事を・・・?」
「暇だったから」
博士の問いに対してマリアは、即答した。
「暇だと、君は、自殺するのかい?」
悪びれもしないマリアに対し、博士は、怒気を含みながら言った。
マリアは、目を細めて博士を見た。
「気分しだい・・・かな?外に出してくれれば、こういう事は、しないかもよ?」
マリアは、挑発的に言った。
沈黙が流れた。
マリアより先に博士が折れた。
「分かった。上と掛け合ってみる」
マリアは、治療が終わると元の部屋に移された。
そして、次の日からマリアは、外に出るのを許され、一週間だけ解放された。ただし、博士と一緒に行動することが条件だ。
少しでもマリアがおかしな行動を取ったりしたらすぐに元の場所に戻される。
田舎の商店街のような所を二人は、歩いていた。マリアの首には、発信機がネックレスとして着けられている。
母以外で白衣を着ていない人間を近くでマリアは、始めて見た。
マリアは、物珍しさに引かれチョロチョロと動き回る。
「博士、博士!何これ??」
解説するのが面倒になった博士は、「店の店員に聞いてみなさい。」と大体流した。
マリアの足が花屋の前で止まった。その時には、博士は、すっかり荷物もちである。
「博士、この花、育てたい!買って!!」
マリアは鈴蘭の花を指差して言った。
博士が鈴蘭の植木鉢を持ち上げるとマリアは、ニッコリと笑って言った。
「種でいいよ!その代わり肥料買って!」
一週間たつ頃には、マリアの部屋に入りきらない程の量を買っていた。
その中には、何に使うのかと思われる、過マンガン酸カリウム水溶液や水素が詰まったスプレーだの、ニトログリセリンだの、トリクロロメタンなどがあった。
ベッドとテレビしかなかった部屋には、網付のベランダが用意されマリアは鈴蘭の種をまいた。
物理的に危険だと思われる金属バッドや、刃物などはさすがに取り上げられた。
そして、マリアは、前とあまり変わらない毎日を過ごしていた。違うのはただ一つ。鈴蘭の世話
をするくらいだった。
鈴蘭は順調に育った。
「花が咲いたら、作戦開始だから・・・」
そう言いながらマリアは、花を育てた。
何ヶ月か経つと鈴蘭は蕾をつけた。花が咲くとマリアは、そっと花から花粉を取り出し、ビニール袋に溜めていった。
いつものように博士が検査にやって来た。
マリアは、ニッコリと笑って博士に言う。
「博士!花が咲いたの!」
マリアはベランダから博士を呼びかけるように言った。
博士は、笑顔でベランダに出た。
小さな可愛らしい鈴蘭の花が咲いていた。
「綺麗に咲いたね」
博士が言うとマリアは、モジモジとしながら言った。
「いままで、我儘ばっかり言ってごめんなさい」
博士は、驚きで目を見開いた。
「私、博士の名前、実は、覚えてないの。だから、呼ぼうにも呼べなくて・・・」
博士は、笑みを噛み殺して言う。
「僕の名前は、ケクレって言うんだ。仲良くなれて嬉しいかな・・・」
博士は、頬を引っかきながら言う。
マリアは、シーツの布を切り取ったものにトリクロロメタン別名クロロフォルムを染み込ませ更に鈴蘭の花粉を付けたものを博士の口元に押しやった。
鈴蘭の花粉は、神経毒でありトクロロメタンは、強制的にお休みするクスリである。
「なっ・・・!?」
いきなりのことで油断しきっていた博士は、その場に倒れた。
「バイバイ、ケクレ」
博士が倒れてすぐ、マリアは、行動に移った。
まず、大量のポケットティッシュにニトログリセリンを染み込ませる。
余った肥料と鈴蘭の生えている土を博士を隠すように浴びせかける。白衣からのぞく財布は、とりあえず貰っておく事にした。白衣が茶色に染まった。
ニトロを染み込ませたティッシュをビニール袋に入れる。ちなみに、いまのマリアの服装は、ジーンズにTシャツである。
ジーンズのポケットに水素の詰まったスプレーを突っ込む。
博士が入って来たままで幸いにもドアが開いている。
マリアは、祈るように言った。
「お母さん、私、自由になるよ」
そう言うとさっきまでいた部屋にニトロのティッシュを投げ込んだ。
弧を描いてティッシュは、飛んだ。
ニトログリセリンは、ダイナマイトの原料である。液体では、不安定なこの物質は、物と一緒になるとダイナマイトと同じになる。
小気味のよい爆音が響いた。
防災のベルが鳴り出す。
マリアは、ゆっくりと歩いた。
「自由になれるんだよ?」
警備員の服装を着た男たちとすれ違った。
マリアは、とりあえずこの施設をぶっ壊そうと思った。
すれ違った警備員たちにティッシュを投げてやる。
爆音と肉片が散らばる。
「こういうのって復讐って言うのかな?」
マリアはクスクスと笑う。
「八つ当たりかなぁ?」
ニトロを染み込ませたティッシュを次々と投げ笑いながら去る。
建物が半壊くらいした所でマリアは、外にでた。
外の空気は、ひんやりとして気持ちがよかった。
外には、銃を構えた男達が綺麗に整列していた。
「マリア?」
一人の見たことのない男が銃を構えながら言った。
「マリア!武器を捨てるんだ」
マリアは、首を傾げながら言った。
「武器〜?持ってないよ〜?」
マリアは、目を細めて言う。
「そんなんより、何やってんの?私を殺しちゃってもいいのかなぁ?」
「殺さないから、安心しろ。麻酔銃だ」
男は、クスクスと笑った。
「マリア、あんたが殺さないでって俺に懇願したのが懐かしいな。今は、そんなにふてぶてしいのか?」
マリアは、目を見開いた。
「あんた、まさか・・・あの時の・・・」
男は、怪しく笑う。
「覚えていたんだな。嬉しいよ・・・」
マリアは、ゆっくりとした仕草でニトロのティッシュを掴んだ。
そして、男の近くに投げ込む。
男は、怯まずに銃を向けてきた。
「今には、ティッシュか?ニトロでも染みこませたのか・・・?」
マリアは、ニッコリと笑った。
「あんたの仲間は?お母さん殺した・・・」
「死んだよ」
「そう」
マリアは、つまらなそう言うとポケットに手を突っ込んだ。
「マリア?玉切れか?前みたいに怖くて動けないとかか?」
男は、軽い口調で言う。
「私は、もぅ、そこまで弱くないよ?」
水素スプレーを握り締め火柱が立っている方に投げ込んだ。
大爆発がおきた。
人は、これを自殺というのだろう。
マリアは、この爆発力を知っていた。
知っていて尚、やったのだ。
私は、マリアだからと胸に刻みながら・・・・
廃墟、瓦礫の山と化したところから長い髪の少女が立ち上がった。
金髪の髪は、焦げていいぐわいに茶色くなった。
マリアは、思わず笑った。
「あの時と一緒だ」
グシャグシャの髪、小汚い服・・・・
「あの時と・・・」
強い瞳。
「お母さん、私、自由になったよ」
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